金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「超マイナーだが強烈な本」ー『思考訓練の場としての英文解釈(1)』(2020年9月)

これまで、『英文標準問題精講』『英文解釈教室』『英文解釈考』を紹介してきましたが、今日は、最もマイナーな参考書を一つ。『思考訓練の場としての英文解釈(1)』は次のような英文のオンパレードです。

[原文]
Democratic institutions are likely to work best at times and in places where at least a good part of the citizens have access to enough land and possess sufficient tools and professional skill to be able to provide for their subsistence without recourse to financially potent private capitalists or to the government. Where, as in the contemporary Western world, great numbers of the citizens own nothing, personal liberty and political and civil rights are to a more or less considerable extent dependent upon the grace of the capitalistic or national owners and managers of the means of production and distribution, and upon their willingness to abide by the rules of the democratic game.(Aldous Huxley: Science, Liberty and Peace)

全文を↓からダウンロードできます。
https://archive.org/stream/huxley.science.liberty.peace/huxley.science.liberty.peace_djvu.txt

 [訳例]
民主制度は、少なくとも相当多くの国民が、経済界で強力な民間資本家や政府に依存しないでも生活していくことができるだけの土地の利用ができるとか、またそれだけの用具と特技を所有しているような時代及び場所に於いて最高の機能を発揮するようである。現代の西欧社会のように、多数の国民が無一文の状態であるといった社会においては、個人の自由、政治上の権利及び市民権などは、多かれ少なかれ相当な程度まで、生産と分配の手段を所有し管理支配している民間資本家階級や国家の意向次第で決まり、資本家側に民主主義というゲームのルールを守る気があるかどうかによって左右される。(多田正行著『思考訓練の場としての英文解釈(1)』(育文社)pp32-35)

たった2文の[原文]と上の[訳例](翻訳があまり上手ではないことは事実。ただしこれが大学受験用の通信添削(今はなき「通添オリオン」)の講評文がベースになっていることを考えれば十分許容範囲)の3~4倍の長さの文法事項、文構造の説明、語句説明がビッシリ細かい字で、しかも2段組で書いてありますので本の体裁はあまりよくなく、書籍も訳文も『英標』の方がずっと読みやすい。選択された原文(1947年に書かれたようです)は英作文のお手本にするには複雑すぎると思います。

構文の説明については『英文解釈教室』のように体系的にまとめるというよりも、英文に沿って説明しながら筆者の読み方や構文、語句、さらには英文の内容に対する考え方とか思いを「これでもか、これでもか」と読者にぶつけてくる、といった感じです。

先日ご紹介した『英文標準問題精講』と『英文解釈教室』については、それぞれ一長一短があってどちらを先に学ぶべきか、は一様には決められないのですが、この2冊をある程度マスターしていない人が『思考訓練の場としての英文解釈(1)』を読んでも、原文、著者の説明ともにチンプンカンプンとなる可能性が高いと思います。その意味でレベルが突き抜けている。また、本書はすでにかなり高レベルの学生を相手にしている(読み手を選んでいる)という書きぶりなので、取り残されているような気分を味わう読者は少なくないと思う。読者に対して挑戦的な表現(「こんな低レベルなことも分からないようでは・・・」的な)にカチンと来る読者もいると思いますが、先に述べたように、これは元々大学受験生向け通信添削の講評文だったわけで、学習者への叱咤激励だと思えば十分許容範囲かと思います。要はこういうスタイルが「合う」「合わない」があるということです。

したがって、実際に手に取ってから購入を考えるべき典型的な本なのですが、普通の書店では手に入らない(大書店に行けばあるかも)ので、最悪千数百円が無駄になると腹をくくれる方か、ここまでの説明で「こういう英文を読み解いてみたい」という方はどうぞ(ちなみに僕は痺れてしまい、まだほんの数十ページしか勉強していないのに、品切れになることを恐れて(2)と(3)も購入済みです)。

(余談)
あのラサール石井さんが帯にコメントしているのも面白い。「この本こそ、知る人ぞ知る、名著中の名著である。インパクトの強烈さは他に類を見ない。現在の私を決定したのはこの書であると言ってもいい。少なくとも巻頭言だけは目を通し、多いにうなずくがいい」
ちなみにラサールさんは、あの伝説の学習塾伸学舎からラサール高校に進んだことで有名です。
https://www.sankei.com/article/20181015-47EGVO4D5JP67IH2JKJED4VAQE/?fbclid=IwAR22jiBW0JijCFE5ey48gv-m7wffcRtLU0l_gqZfKz7fxswlvvWp2S2Tx-Y

もしかしたら伸学舎で『思考訓練~』を読んでいたのではないかと思ってもみたり(圧倒的なパワーが似ているから)。いやしかしいかに灘高とは言え、あのテキストは難しすぎるかも。

 https://www.amazon.co.jp/dp/4752430037