金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

ビジネスに役立つ経済金融英語 第12回 ”Softish” landing

ビジネス英語教育界をリードするQ-Leap様ホームページでの連載も第12回となりました。途中1回休んでいますが、まがりなりにもほぼ1年続きました。この連載のことを意識して情報に当たり、メモを取りながら過ごす毎日です。

書きながら勉強させてもらっています。

暖かいコメントやメッセージ等もいろいろいただいております。読者および関係者の皆様に感謝します。

今月は日米の中央銀行総裁が話した「一言」に関する話題です。よろしくお願いします。

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「人は自分自身について語るとき、それはつねに自慢話である」:出会った言葉:3~5年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(230)

(1)3年前の今日
変化のスピードや幅がここまで大きくなってしまうと、それに対して“大真面目に”反応し続けるのには無理がある。これからの時代に本当に必要なのは、むしろ変化にあまりとらわれず、これを「受け流す」力ではないかと思う。
……
 このあやふやな世界では、トライ&エラーのサイクルを短くしつつ、そのイタレーション(反復)を長期にわたって継続するという戦略が最も頼りになる。おそらく結果が出るまでは、長きにわたる停滞期が待っているだろう。
……
……目の前の世界はどんどんと移り変わっていくし、短期的には失敗や障害も出てくるだろう。その長い失望の期間に耐え得るのは、あなたの内面から掘り起こした「好き」や「関心」をおいてほかにない。
……
 短期的な成果を期待してかけずり回る「他人モード」を続けていては、めまぐるしい変化に振り回され、いつかは疲れ切って仕舞うだろう。「自分モード」のスイッチをオンにしておきながら、背中を押してくれる「大波」を待つ――そんな心構えでいる方が毎日楽しいし、結果的にどこかで「期待を超えた爆発」にめぐり合得る機会は高くなるだろう。
(『直感と論理をつなぐ方法』pp252-256、佐宗邦威著 ダイヤモンド社
*本日の言葉は、それぞれをバラバラに紹介することもできたのですが、引用した部分をつなげていくと一つの考え方、著者のまとめの一つが浮かび上がると思って書き写しました。手書きではないけれども。実に素晴らしい、良書に巡り会った幸運に感謝。

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(2)4年前の今日
 “人は自分自身について語るとき、それはつねに自慢話である”
阿刀田高座右の銘 花は散るために咲く 死を意識して、生を濃く」私の履歴書 2018年6月40日付日本経済新聞より)

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(3)5年前の今日
仕事の誘いが多すぎて困ってる人と、仕事が来なくて困ってる人の大きな差は、前者は「なぜ人が自分に仕事を頼んでくるのか」を内心ではちゃんと理解しており、後者は「なぜ自分はなかなか仕事を頼まれないのか」を心底理解していないって点にある。(本日16時18分 ちきりんさんのツイート)

「最近、空を見上げましたか?」:出会った言葉:3~5年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(229)

(1)3年前の今日
「いいアイデアを思いついたら、まずはほめてくれる人、新しいもの好きな人、ノリのいい人に話せ」
(佐宗 邦威 著『直観と論理をつなぐ思考法』p232)
*25年ほど前に仕えていたかつての上司が部下を徹底的に「褒めて落とす」タイプ。「鈴木ぃ、そんなことに気付くなんてさすがだな。すごい。お前がこの会社を支えているんだ」「いや、それほどでも・・・」(と言いながらも嬉しい)・・・「ところでそういうお前なんだから、当然こういう点、こういう点、ああいう点の詰めは終わってるよな?」「え・・・ま、まだです」「そうか、頼むぞ。頼りにしてるんだから」

https://www.amazon.co.jp/dp/4478102856/

(2)4年前の今日
最近、空を見上げましたか?
(矢作直樹著『自分を休ませる練習』、文響社、p101より)

https://www.amazon.co.jp/dp/4866510366/

(3)5年前の今日
『座右銘』
暮らしは分が大事です
気楽が何より薬です
そねむ心は自分より
以外のものは傷つけぬ 
堀口大学
(『第四 折々のうた大岡信岩波新書)p51)

https://www.amazon.co.jp/dp/4004202612



お手々つないで

昨日の夕方、散歩道を歩いていたら僕らの前を夫婦が並んでいた。後ろからなのではっきりは分からないが、年齢はどうだろう、僕とあまり変わらないんじゃないかな。

しかもこのご夫婦、しっかりと手をつないでいる。

老夫婦が腕を組んで歩くのは珍しくもないが、手をつないであるいているのはあまり見ないかも、と思いながらも「ほほえましいなあ」という以上の感慨はなかった。

・・・向こうからこちら側に向かってもう一組の夫婦が並んで歩いて来た。と、ダンナさんの方が自分と向かい合って歩いてくるご夫婦に目を留めたんだな。(僕からは)手を握っている様子に目を見開いて驚いているように見えた。

で、

まずはお二人とすれ違い、その後僕らとすれ違った刹那に、
「暑苦しいわよ!!」という女性の声が聞こえた。

おそらく、さっき目を見開いていた男性が奥さんの手を握ろうとしたんだろう。

そう思って好奇心はわいたけれども僕は振り向かなかった。あの夫婦は手をつないだのかな、つながなかったのかな、と想像するにとどめた。

でも、どうなったとしても、ほほえましい光景だったと思います。

「大学は、何かを知っている人が知らない人に教える場ではない。」:出会った言葉:2~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(228)

(1)2年前の今日
オンラインでは選びにくいので、書店の書棚は頼もしい。
(「半歩遅れの読書術 雑食的に本を読み 思わぬ発見も 小長谷有紀(文化人類学者) フィールドワークに似た感動」2020年6月27日付日本経済新聞
今週月曜日に丸の内で飲み会があった帰りに丸善丸の内本店に寄ったところ、新聞広告で見かけて読みたいと思っていた本を偶然見つけ、ラッキーと思って買った。予想外の本に出くわしたのとは違うけれども、こういう本との(出会い頭のような)出会いもアマゾンでは起こらないなあと今日の引用文を見て思った。なお丸善に行ったのは飲み会解散後の午後8時過ぎだったからか、丸善はかなり空いており、密接する感じはなかったです(コロナウイルスの影響で、店はラストオーダーが午後7時だったので、飲み会は5時半スタートでした)。

(2)3年前の今日
どの夫婦も、夫婦となる縁があったということは、相手のマイナス部分が必ず自分の中にもあるんですよ。それがわかってくると、結婚というものに納得がいくのではないでしょうか。
(『樹木希林100の遺言』p125)

(3)4年前の今日
大学は、何かを知っている人が知らない人に教える場ではない。教員と学生がともに学び考えながら、答えのわかっていない問いをわかろうと追求する場だ。高等教育を「研究者」が担う意味はそこにある。
(「松村圭一郎のフィールド手帳」より 2018年6月26日付朝日新聞

 

 

「『負けました』と言って頭を下げられない子は、強くなれません」:出会った言葉:2~5年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(227)

(1)2年前の今日
今までの日本の社会は、心の傷を隠すことを美徳にしてきた。……悲しみや苦しみを表現することははしたないこととされた。まして、傷ついた人に対する「心のケア」を考えることなど思いもよらないことであった。だが、阪神大震災地下鉄サリン事件をきっかけに社会も変わりつつあるのかもしれない。
(「自著を語るー『心の傷を癒やすということ』(1996年4月25日発表)」安克昌著『新増補版 心の傷を癒やすと言うこと』作品社(2020年1月)所従(P284))
引用文はNHKのドラマを見て感動して購入した原作の書籍から。数日に一回、少しずつかみしめるように読んでいます。心の傷は見えないので我慢していると外からは分かりにくい。「無理に我慢しなくていいんだよ」という時代になったのだろうと思います。

(2)3年前の今日
(A) ……芸人が奔放さで売った世は過ぎ、昨今のタレントはモラルの担い手であることを求められる。(「春秋」2019年6月26日付日本経済新聞
(B) 人の感情は優しくて残酷。グロテスクなものだと漫才師(爆笑問題太田光)は言う。芸能は音楽と同じく……人を救いもするが傷つけもする。芸能は教科書にあるような「単純な綺麗事(きれいごと)」をはみ出る部分を引き受ける。そこに蓋をしたら終わりだと。(「折々のことば」 2019年5月13日付朝日新聞

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*太田さんは、芸人の反社会的行動はオーケーだと言っているのではない。「綺麗事をはみ出た」人々のどす黒い感情や気持ちに触れて、芸事として表現せよと言っているのではないかな?品行方正になったり、道徳を語ったりするのは俺たちの仕事じゃないだろう、と。

(3)4年前の今日
 政治には計算がつきものであるが、つきあいに計算はいらぬ。渡辺京二
(「折々のことば」より 2018年6月24日付朝日新聞

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(4)5年前の今日
「負けました」と言って頭を下げられない子は、強くなれません。
谷川浩司元名人の講演会で。日本経済新聞教育欄「挑む」(日付不詳))

「スマホは出来ても、紙ほどの素晴らしい発明は出て来ないでしょう」:出会った言葉:3~5年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(226)

(1)3年前の今日
携帯電話やスマートフォンは持たない。「生活に余裕がなくなる。ぼーっとしているのが一番ぜいたくな時間の過ごし方だと思うんですよ。情報に振り回されたくない」……「スマホは出来ても、紙ほどの素晴らしい発明は出て来ないでしょう。紙の質感は書いた時の記憶もよみがえらせる」。国立民族博物館教授 樫永真佐夫さん 
(著者に会いたい『殴り合いの文化史』2019年6月22日付朝日新聞
*『直感と論理をつなぐ方法』でも「手を使う」ことの重要性が指摘されている。僕は1~2日に一度、英語と日本語の文章を手書きで写しています。名文が手に染みこんでくる感覚があって気持ちいい。

(2)4年前の今日
本にサインを求められたときは、表紙を開けると左側にあらわれる見返し(表紙の裏に貼ってある紙の続き)に署名する。

見返しは本文とは別の紙で、この一枚を切り取っても綴(と)じには影響しないから、著者から為書きを添えて謹呈された本でも、カッターで慎重にこの紙だけを切り取れば心置きなく古書店に売り払うことができる。だからここに署名して、そんなに価値のあるサインではありませんよ、嫌ならいつでも切り取ってください、と無言で示すのが著者のたしなみとされてきた。(引用ここまで)
(「本の終活」エッセイスト 玉村豊男、2018年6月23日付日経新聞夕刊)

(3)4年前の今日
・・・そのとき井上さんは、なんとなく日本語には音が少ないこと、外国語には音が多いことを語った。くわしくは覚えていない。
「そのせいで日本語には同音異義語が多く、しゃれがつくりやすいんですよ」
英語と比べれば、日本語は母音も少ないし、バビブベボではBとVの区別が薄い。RとLのちがいもない。いきおい同音異義が多く、
「あんた教養あるね、いつから」
「今日よ」
などという遊びが生ずる。
これに応じて私は確か、
「駄じゃれなんて言われて馬鹿にされるけど、しゃれと掛け言葉、原理的には同じものですよね」
日本文学の伝統的技法のひとつ、掛け言葉は馬鹿にされるものではない。
「本当ですね」
・・・(中略)・・・
― 初めて会った時に、あれを話したんだよな ―
感慨が深い。
阿刀田高私の履歴書井上ひさしさん 思い出の駄じゃれ論議 日本ペンクラブで深めた交友、2018年6月24日日付日本経済新聞

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(4)5年前の今日
リンカーンのゲディスバーグ演説government of the people, by the people, for the peopleを、「リンカーンはまず人民の政治、と言ったんです。ところが当時の演説の写真を見ると、どうも聴衆がきょとんとしている。そこで、「つまり人民による、人民のための政治」と言い直したわけです」
(「コラム1 思い出の語学人 鈴木長十」『翻訳力錬成テキストブック』柴田耕太郎著、p8)