金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「仕事で頑張れるのは、人の役に立つと信じられるから」:出会った言葉3、4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(171)

(1)3年前
 仕事で頑張れるのは、人の役に立つと信じられるからですね。
(出雲充さん「仕事力」 2019年1月20日朝日新聞

(2)4年前
 多言語・多文化に向き合う翻訳は、おのずと原文を尊重する方向へ向かう。英文学者の山本史郎氏は「米国でも、自然な訳文にしすぎないほうがいいとの考えが出てきている」と指摘する。
 日本は翻訳大国といわれる。明治・大正期には名だたる作家・詩人によって訳の正確さより日本語の格調を重んじた訳書が出され、その後は原文にひきずられた「翻訳調」の訳書も多かった。
 1990年代以降、村上春樹氏や柴田元幸氏、鴻巣友季子氏といった現在50~60代の翻訳家たちがこれを刷新する。原文の味わいを生かし、日本語としても自然な文体が普及して、翻訳の質は格段に高まった。
 さらにその下の世代は、正統な英語や日本語の表現というルールに縛られない柔軟性を備えている。80年代以降、西欧・非西欧を問わず流入した豊富な海外文学をリアルタイムで摂取し、古典もサブカルチャーも等価に受容してきた世代。米同時テロ後、世界は多様で複雑であることを皮膚感覚で知ってもいる。
(英語文学 翻訳に新風 多様な世界の今 リアルに映す 2018年1月20日日本経済新聞最終面)
*今朝の「出会った言葉」は日経新聞の最終面の記事。よくまとまっていると思うが異論はあるかも。いずれにせよこれは文芸翻訳の話であって、「原文で述べられている事実とロジックおよび筆者の結論、主張、評価または言い訳を、その時点の業界で最も受け入れられている、わかりやすい日本語で書く」実務翻訳とはちょっと違うと思います。

「〇〇であらゆることが証明できる。ただし真実を除いて」:出会った言葉3、4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(170)

(1)3年前の今日
 「統計であらゆることが証明できる。ただし真実を除いて」
(「春秋」 2019年1月19日付日本経済新聞
*今日の言葉を読んでいて思いました。
「公文書であらゆることが確認できる。ただし真実を除いて」
残念だが、今これに堂々と反論できる役人の方は少ないのでは?(いや、昔からなのか?)

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(2)4年前の今日
詩人のように感覚を研ぎ澄まし、小説家のように壮大な構想を育て、日本画家のように丹念に、音楽家のように展開的に、デザイナーのように時代に鋭敏に。
(書家 石川九楊 「人生の贈り物」2018年1月19日付朝日新聞

「かあさんって、ぼくがうれしいと、いつもうれしいっていうんだね」:出会った言葉3、4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(169)

(1)3年前の今日
 「かあさんって、ぼくがうれしいと、いつもうれしいっていうんだね」 戸田和代。
(「折々のことば」 2019年1月18日付朝日新聞
*今日の言葉。出典は『きつねの でんわボックス』(新・ともだちぶんこ)戸田和代著、たかす かずみ絵、金の星社 (1996年)とのこと。とおさんだって、そうだけど。

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(2)4年前の今日
   手で書くことにこだわるのは、活字やフォントは文字ではないからです。活字はひとつの塊であって、そこには点画(点や線)を書く過程と表現が存在しない。
 会話で言えば機械音声のようなもの。
(書家 石川九楊 「人生の贈り物」2018年1月18日付朝日新聞より)

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「高くない。俺は『この経験』に金を出しているんだ」:出会った言葉22~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(168)

(1)2年前の今日
人は本を読みながら、いつでも、頭の片隅で違うことを思い出している。……本を読むということは、現実逃避ではなく、身の回りのことを改めて考えるということだ。自分をよく知る人のことを考え、忘れていた人のことを思い出すということだ。
(『古くて新しい仕事』島田潤一郎著(新潮社)pp111-112)
*著者は僕が、何となくそうかもしれないが改めて考えたことがなかったことをスッと書いてくれる。薄い本なのだけれど、多くの気づきを与えてくれる本だなあと重いながら少しずつ音読しています。
よい1日を

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(2)3年前の今日
「高くない。俺は『この経験』に金を出しているんだ」
(『ザ・ファブル』より)
*「ザ・ファブル」の中で、主人公(佐藤アキラ:史上最高傑作と言われる、現在休業中の伝説の殺し屋)が焼きサンマを頭から食っている。
その様子をみた真黒組(休業中の佐藤兄弟に住む場所を提供して何かと面倒を見ているヤクザ)の若頭が、そんな食い方があるのか、俺にも食わせてくれと言いながら財布から2万円を差し出す。
「おい、100円で買ったサンマが2万円になったぞ。儲かったなあ」と妹のヨウコに笑いながら話す佐藤。
そこで若頭が言った一言が引用文。
このセリフが頭を離れない。

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(3)3年前の今日
 受験生の時には「自分を信じて」という言葉は胸に響かなかったな。本番ぎりぎりまで、やり尽くしたらいいと思います。焦ったり緊張したりしてもいい。そして、そういう自分をおもしろがってください。緊張して前日に眠れなくてもいい。自分のスタイルを貫いてください。そこまで必死に努力してきたことは、決して無駄にはならないのだから。
川田裕美さん フリーアナウンサー「受験する君へ」 2019年1月16日日付朝日新聞教育面)
*今日の言葉、僕はこのアナウンサーの方を存じ上げなかったが、ここまでスッキリと受験生の気持ちに寄り添えるメッセージは、意外とないなあ、と感銘を覚えました。

(4)4年前の今日
「年だからもう転べないのです。矢部さんはいいわね。まだまだ何度でも転べて」矢部太郎の大家さん
(2017年12月28日付朝日新聞「折々のことば」より)

親切の押し売り?

今朝、ゴミ袋を持って散歩に出ようと階段を降りていくと階下のTさんの奥さんがちょうど玄関の鍵を閉めているところだった。

「おはようございます」「おはようございます」

彼女は右手に僕よりも大きいゴミ袋を、左手に小さな杖を持っていた。

「お持ちしましょうか?」「あぁ、大丈夫ですよ」。

「いえいえ、僕持てますから」と手を出しかけたが、もしかしたら親切の押し売りになるかもしれないとの思いが頭をかすめる。何しろ僕の申し出は「お宅の家庭ゴミを持って行ってあげましょう」ということになるからだ。

もしかしたら、かえって迷惑かもしれないと思ってそれ以上は言わずに会釈して通りすぎ、マンションのゴミ置き場にウチの分を置くと、すぐ後ろをその方がついてくる

「どうぞ」と言って入り口を開けておくまでが僕にできたせいいっぱいだったな。

難しい判断だった。

「誤訳とは……訳語の主観的選択の適否といった次元のものではない」:出会った言葉(3~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(167)

(1)3年前の今日
 「真理とは方向感覚である」鶴見俊輔
(哲学者 鷲田清一梅原猛さんを悼む」 2019年1月16日付朝日新聞文化/文芸)
*本日の言葉は、梅原猛さんについて「論争の人ではあったが、相手をこき下ろすことはなかった」と指摘した後で、その論争相手の一人であった鶴見さんの感覚を梅原猛さんが共有していた、と振り返る鷲田さんの文章から。別の追悼文によると、最晩年には白川静さんの生き方を志向していたそうです。

人類の来し方行く末、最後まで 梅原猛さんを悼む 哲学者・鷲田清一:朝日新聞デジタル

(2)4年前の今日
・・・つまり「誤訳」とは、原文の語句・構文や意味内容についてのはっきりとした、誤った解釈に由来するものをいうのであって、訳語の主観的選択の適否といった次元のものではない。
(「疑似誤訳と正真誤訳」『誤訳の構造』p10 中原道喜著)

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「無知とは知らないことではない。それは知ろうとしないことである」:出会った言葉(2年~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(166)

(1)2年前の今日
時間をかけることがそのまま成果となるような仕事。汗をかき、足を動かしたことが、いつか実りとなるような仕事。
(『古くて新しい仕事』島田潤一郎著(新潮社)p67)
*先日も書いたように、たまたま先週の土曜日の日本経済新聞朝日新聞の「著者に聞く」コーナーで紹介されていたので興味を持ち、その場で購入を決めた本から。著者は、ひとり出版社「夏葉社」の社長さん。出版に関する何のあても、コネクションも、編集に関する知識も何もなかったそう。「起業するのに必要なのは知識ではなく気合いなのだった」(同書P53)という方の、肩の力の抜けた仕事観を描いた本、だろうか(1日5~10分しか音読しないので、まだ途中です)。生き方かも。翻訳という僕の仕事には直接響くような言葉だと思ってメモしました。
よい1日を

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(2)3年前の今日
 「広島・長崎の原爆の犠牲者に対しては今もなお、後ろめたさを感じている」
梅原猛さん
(「梅原猛さん 死を悼む」 2019年1月15日付朝日新聞社会面)

(3)4年前の今日
Ignorance is not not to know; it is not to try to know.
無知とは知らないことではない。それは知ろうとしないことである。
(『誤訳の常識』中原道喜 聖文新社* p109)
*今は金子書房さんが出しています。

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本日の原文に関する解説(以下引用)
(以下引用)
二通りのnotが二つ並んで用いられた例:
Ignorance is ①not② not to know; it is ③not to try to know.
① のnotはisを打ち消し、②のnotは不定詞を打ち消す。③のnotは(a)isと(b)不定詞のどちらを打ち消すと考えるのがよいか。
isを打ち消そうとすれば、
(a)「それは知ろうとすることではない」
の意になり、不定詞を打ち消そうとすれば、
(b)「それは知ろうとしないことである」
の意になるが、文脈から(b)でならないことがわかる(引用ここまで)
前掲書pp108-109