2024年4月10日に「ChatGPTを使った大学の授業はハーバードのケース討論方式がいい!」という記事を書いた(下記参照)。
この記事を書いて2年、実務でAIを使い続けるうちに、生成AIの種類も増え、それぞれの機能も競うように向上し、それに伴って自分の問題意識も変わってきた。たとえば2年前の僕はChatGPTオンリーだったが、今はClaudeとも有料契約を結び、必要に応じて他の4種類の無料AI(Gemini、Perplexity、Copilot、Grok)も併用するようになった。
そこで前の記事に、一点だけ補足しておきたい。そこで書いたように、ChatGPTを使った翻訳の授業では、教師が一方的に「正解」を教えるよりも、一つの課題をクラス全員で検討し、討論しながら答えをつくっていく形が向いていると思う。ただ今なら、完成した訳文だけでなく、学生がどのようなプロンプトを使ったのかも全員で共有し、検討することを加えたい。
翻訳の授業で考えてみる。まず、ある日本語原文を与える。学生はそれぞれ、AIに翻訳させるにあたって、原文がどのような読者を想定して書かれているのか、訳文を読む読者にはどの程度の基礎知識、つまり「スキーマ」があると想定するのかを考える。そのうえで、原文が想定する読者と訳文を読む読者との間にある前提知識の差をどう埋めるかを考え、語彙や言い回しをどのレベルに設定するのか、文体をどうするのか、AIにどのような前提情報を与えるべきなのかを整理する。そして、その理解に従って自分なりのプロンプトを作り、生成AIに翻訳させる。
ここで重要なのは、訳文だけを比べるのではない。どのようなプロンプトから、どのような訳文が出てきたのかを、学生のプロンプトと訳文を画面で共有しながらクラス全体で検討する。プロンプトを少し変えると訳文はどう変わるのか。その変更は、想定読者の期待に応えているのか。逆に、どこで外しているのか。ChatGPT、Claude、Geminiなど、生成AIによって出力はどう違うのか。その違いはどこから来るのか。そうした点を、教師と学生が一緒に考えながら、最終的な訳文をつくっていくのである。
生成AIを使った教育というと、とかく「学生がAIに答えを出させてしまうのではないか」という話になりがちだ。しかし本当に大事なのは、AIが出した答えをそのまま受け取ることではない。何を前提にAIに指示を出したのか。その指示によって何が出てきたのか。出てきたものをどう評価し、どう直すのか。そこにこそ学びがある。
AI時代の授業で見るべきなのは、最終答案だけではない。プロンプト、やりとり、修正過程、判断理由である。
教師の役割は、むしろ重くなる。学生の出した訳文を見れば、その学生がどこまで原文を読めているか、読者をどう想定しているか、文体についてどれだけ意識的かが見えてくる。さらにプロンプトを見れば、その学生がAIに何を期待し、何を任せ、何を自分で判断しようとしているのかも見えてくる。
ChatGPTを使った授業は、単なる「AI活用講座」ではなく、思考過程を可視化する授業になりうる。少なくとも翻訳教育では、これはかなり有効だと思う。
生成AIが教育から教師を追い出すのではない。むしろ、学生の思考過程を見抜き、問い直し、議論の方向を整える教師の力が、これまで以上に問われるようになる。そう考えると、生成AI時代の授業は、教師にとってもかなり手ごわい。しかし、だからこそ面白い(え、もうとっくにやってる?失礼しました)