金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

使われずに、使い続けたい(2)― 翻訳メモリについて

僕は自分からTradosのことを宣伝することはないし、他人に強く勧めることもありませんが(7~8年前、利点しかわからない頃にSDL社の広告に出たことがあります。そこで申し上げた自家製翻訳メモリの効用に対する考え方は今も変わりませんが、同社の広告に出たことで誤った印象を与えたとしたらまずかったなと、今となっては反省しています)が、尋ねられたら概ね次のような答えをしています。

僕はSDL Tradosはプラスの方がマイナスよりも大きいと思っているので使っている。Xbenchと組み合わせれば、文節単位が40万を超えてきた自分の過去の翻訳の様々な表現の中から、特定の表現について自分の過去の訳(誤訳を含む)を文字どおり一瞬で100%検索できる。この点は実に便利だと思っている。金融等、用語集を支給される翻訳や、表現のズレに注目して訳していく必要のある物については、結構戦力になる。

もっとも弊害もある。その大きな点の一つが「文節単位で原文を見る傾向が強くなるので、全体を俯瞰する視点が(そうでない場合にくらべ)弱くなる傾向がある」ことです。この点は僕も認識しています。したがって、特に書籍翻訳の場合には、表記や表現をある程度合わせるツールとして翻訳の初期段階(最初の翻訳と見直し1回まで)までは利用し、その後は原書と訳文だけで翻訳を進めることにしている。

私自身の(何らかの形で)翻訳行為をサポートしてくれる「ツール」には「自動」(人の判断が働かない)という要素がある以上、程度の多少はあれ利点と欠点がある。辞書だって、「信頼に足る辞書を使え」といいつつ「辞書の訳語に頼るな」「英和辞書だって複数見ないと間違える」「英和辞書だけではだめで英英も引くべきだ」「英英辞典だけでなくコーパスの中で使われ方を見るべきだ」という意見がある。「紙の辞書を引くべきだ」という意見だってある。これは辞書という「信頼度の高いと言われているツール」にも使い手が陥るかもしれない欠点があるからだ。

僕にとってはSDL Tradosもそうした「翻訳支援ツール」の一つにすぎない。

ただし、このツールについては、事実上「翻訳支援ツールではない」と断言する人々も含めて弊害が多く、大きいというご意見もあるので、賛否両論をよく比較検討し、自分なりに咀嚼して判断してほしい。

一方、「この文章は同じ表現があるから(文脈や位置を無視して)この表現を使えるはず」という考え方はナンセンスである。このヘコ理屈が成り立つのは、表やグラフの決まった位置の項目名とか、文書の形式が全部決まっていて、人間の判断を経ずに、数字や名詞を機械的に入れ替える作業以外にない。絶対に、ない。

したがって、このナンセンスな考えを根拠に「翻訳料金を割り引きます」という考え方は翻訳者に対する翻訳会社の不当な要求である。もしそういう仕事があると強弁するのであれば、歩合制で働く外部の翻訳者ではなく固定給の社員にやらせるべきだ。そういう仕事しか要求してこない翻訳会社との付き合いは止めるべきである。そういう仕事しかない翻訳分野がもしあるのだったら、分野を変えるべきだ。

以上でございます。

翻訳メモリ(TM)依存症の恐怖 - 金融翻訳者の日記

失礼いたしました。