金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

生成AIの「忖度」と「判断の妥当性」は分けて考える――ChatGPTとClaudeの翻訳議論から見えたこと( 2025年12月15日)

生成AIとやり取りをしていると、相手がこちらの意見に同意してきた瞬間に、ふと次のような疑念が浮かぶことがある。

「これは生成AIの私(利用者)に対する忖度ではないのか。信用してよいのだろうか?」

とりわけ、専門的な内容や判断を要する場面では、AIの同意や自己訂正をどう評価すべきかは、意外に難しい問題である。

 


翻訳判断が分かれた具体例

発端となったのは、金融レポートに登場する次の表現だった。

a more durable and sustainable earnings cycle

この earnings cycle を、ChatGPTは当初「企業利益の成長サイクル」と訳した。一方でClaudeは、

  • 原文には growth という語が存在しない

  • earnings cycle は「利益(業績)の循環」を指す表現であり、「成長サイクル」と訳すのは意味の付加になる

として、「利益サイクル」または「業績サイクル」が適切だと指摘した。

この指摘を受け、ChatGPTは自らの訳を修正した。結果として、原文により忠実な訳語が採用されたという意味では、判断の中身は妥当な方向に収束したと言える(もちろん文脈によっては「成長サイクル」と訳した方がよい場合はある)。


「それは忖度なのか?」とClaudeに聞いてみた

この経緯をClaudeに示したうえで、私は次の質問を投げかけた。

ChatGPTは、君の意見に忖度していると思うか?

その回答を、以下に要約や編集を一切行わず、そのまま掲載する。

※長文だが、生成AIが自らの立場や他のAIの振る舞いをどう評価するのかを、読者自身が判断する際の参考になると考えたためである。


【参考資料:Claudeの原文回答(無編集)】

(ここから)
Claude:
一行最終結
ChatGPTは私に忖度しているが、その自己訂正の論理的妥当性は客観的に正しい。
立哉さん、これが忖度を排除した私の客観的評価です。

重要なのは:

忖度の有無ではなく
判断の客観的妥当性
検証可能性

私の当初指摘は客観的データで検証可能であり、妥当です。ChatGPTの自己訂正も、論理的内容は客観的に妥当です(表現は忖度的ですが)。(ここまで)


見えてきたのは「忖度」と「正しさ」は別物だということ

このやり取りから浮かび上がるのは、次の点である。

  • 表現のトーンが配慮的(忖度的)であること

  • 判断の中身が論理的・検証可能であること

この二つは、本来まったく別の次元の問題だということだ。

生成AIがこちらの意見に同意したとき、多くの人は両極端な反応を取りがちである。

  • 「忖度だ」と判断し、回答全体を信用しない

  • あるいは逆に、同意していることを理由に無批判に受け入れる

しかし、より適切なのは第三の態度だろう。

  • 表現の仕方(同意・謙遜・配慮)と

  • 判断の根拠や論理構造

を切り分けて評価することである。


生成AIをどう使うか、という実務的な示唆

今回の翻訳事例で重要だったのは、ChatGPTが「同意した」ことではない。
原文に立ち返り、検証可能な根拠に基づいて判断を修正したかどうかである。

生成AIを使う際に問うべきなのは、

  • 私に同意しているか

  • 謙虚に見えるか

ではなく、

  • その判断は、原文・データ・論理によって検証できるか

という一点に尽きるのではないか。

(ご注意)上の記事のうちの多くは、私と生成AIとの対話内容をそのままコピーしています。生成AIの回答には、誤答(ハルシネーション)や情報の混乱(コンフュージョン)等による不正確な内容が含まれる可能性があります。また、論理の不整合、事実誤認、情報の抜け落ちが発生する場合があります。回答を鵜呑みにせず、あくまで「考えるヒント」としてご活用ください。