金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「英語をきちんと読めるようになるとは?-英語参考書のご紹介の書き込みを見て思ったこと(2021年1月2日)

「英語をきちんと読めるようになるにはこの本をこの順番で読んでいくといいですよ」というテーマで英語の本を紹介する書き込みをSNSでたまたま見つけた。

英語の得意な方が、自らの経験に基づいて初学者向けに参考書の案内をするのは素晴らしいことだと思う。

ただ、英語の参考書の紹介文を読むときにも、また自分が書く(私もこのブログで書いているので)ときにも気をつけるべき点があると思った(こういう類いの紹介はよく見るので)ので、気がついた点をメモ的に書いておく。

①「英語をきちんと読めるようになる」という達成目標は、具体的にどういうことだろう?
(a)そもそもどの程度のレベルの人たちを読者として想定しているのか(ある参考書を読む際の出発点=前提条件)。
(b)その本を学ぶ結果として、どのレベルの文章が読めることを目指すのか。例えば一般紙とか、TIME誌とか、〇〇大学入試問題とか(目標文章レベル)。
(c) 「きちんと読める」とはどういうことか。「スラスラ読めるようになる」、とか「辞書さえあれば鬼に金棒」とか、「辞書なしで読めるようになる」とか、「自分で読めた気になる」といった具体的な「読むイメージ」を示したようがよいと思う(目標読解力レベル)。

②「この順番で読んでいく」の「読んでいく」とは、どの程度の勉強を指すのだろう?文字通り「参考書に書かれている英文と解説、訳文をさらっと読み進める」のと「本格的に勉強する=辞書等を総動員して自分で訳文を書いて自己添削し、疑問点を解決し、その後自分の物になった気になるまで、たとえば10回音読する)」では、かかる時間が20倍ぐらい違ってくると思う。

③ある本を「攻略した」とは、どういうことか?「原文を読んで分かった気分になる」のと「何回も音読して疑問点を解決し内容を理解した結果、この英文に関しては音読するだけで単語も熟語も構文も頭にスッと入ってくるのが確信できる」とでは雲泥の差だろう。

④本を紹介する人自身は、いったいそれをどの程度取り組んだ上で紹介しているのだろう?さらっとかじった程度なのか、全部ではなくてもある程度は「本格的に」取り組んだのか、それとも最初から最後まで徹底的に勉強したのか。

といったところまで書かないと読んでいる人の参考にならないような気がする。

一般的な書籍の「書評」とか「評価」では、その本を読み終えたことが前提となっている。ところが参考書とか問題集の類いって、文字通り「さらっと見ただけ」の安易な印象評価が多いのではないだろうかーそんなことを思っている時に見つけた書き込みだったのでつい気になった次第。