金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

手書き写しの効用(2020年12月)

英語の原文と優れた訳文の手書き写しをほぼ1年続けてきて分かったこと:

ワープロは便利だが、「変換」機能で失われる能力/感覚を侮れないということ。漢字書き取り能力はもちろん、漢字と平仮名の混じり具合の感覚、句読点のタイミング、まとまった考えを頭に残す能力(手書きは手元を見なければできないので、ある程度まとまった言葉の塊を見て記憶する必要がある)などだ。

手書きの重要性については、新井紀子先生が書かれた文章を以前書き写したことがある。

 私は、大学時代、阿部謹也先生が授業中にこんな苦言を呈したことを思い出しました。「一橋大学の知的レベルが劇的に下がったと感じたのは、生協にコピー機が導入されたときだった。……君たちはノートを写す、ということなど極めて退屈で無意味な作業だと思うのだろう。だが、皮肉なことに、君たちが侮る作業を機械に頼ることによって、実は君たち自身の質を低下させることに気づいていない」
(『AIに負けない子どもに育てる』pp184-185 新井紀子著、東洋経済新報社

大学時代に全く出席しなかった「哲学概論」のノートを友人B君(全授業出席)に借りて、試験の前日に返すはずがなぜか忘れてしまい、帰宅してから電話でノートを全部読んで内容を話した苦い経験がある。当然B君の成績はA、僕はCだった。その20年後にスイスで(別の会社の)駐在員同士で出会うことになろうとは思わなかった(その時の話をして改めてお詫びしたが彼は覚えていなかった。そういうものかも)。


現在はノートをコピーどころか、スマホに撮って送る時代だそうだ(僕自身は経験がない)。そこで得られるものもあるのだろうが、同じかそれ以上のものを失っているのかもしれないな、と思う。

 

 

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