(1)2020年8月18日
The dangerous man is not the critic, but the noisy empty “patriot” who encourages us to indulge in orgies of self-congratulation. (危険なのは、批判者ではなく、自画自賛の底抜け騒ぎにうつつを抜かすことを我々に奨励する、騒々しい、空虚な、いわゆる「愛国者」なのだ)
(原仙作著/中原道喜補訂『英文標準問題精講義』(旺文社)p125)
*この原文はRain Upon Godshill by J. B. Priestley。英国の劇作家、著作者だそうです。第一次世界大戦に従軍したとのことなので、第一次、第二次大戦前には今と同じような、歪んだナショナリズムを煽る風潮があったのかも。
(2)2019年8月18日
立場により異なる意見や主張をぶつけ合って議論するわけでもなく、基本的な事実を口にすることさえ許さない。そうした姿勢こそまさに歴史への冒涜のように思える。
(「春秋」2019年8月16日付日本経済新聞)
*日本経済新聞は企業とビジネスマンがお客さんなので政治(政府批判)からはやや距離を置いている(「腰が引けている」とも言う)と思うのだけれど、「春秋」は明らかにリベラル。本紙では大っぴらにできない、記者の良心に基づく意見を表明して、精一杯抵抗している感じがする。書き手がお一人なのか複数なのかはわかりませんが。
(3)2018年8月18日
谷川さんは「偏っていいんだよ」と。親が好きなものを伝えることが大事。子どもはそれを指標にして、ちゃんと子どもの価値感をつくっていく。ひとつのものを与えることで、子どもの世界が狭まるのではない、と教えてくれました。
文筆家 内田也哉子さん
(キミとドタバタ 「谷川俊太郎さんの言葉を胸に」本日付朝日新聞朝刊)
(4)2017年8月18日
・・・練習はウソをつかないのだけれど、量ばかり求め安心するのも良くなくてね。疲れがたまるくらいやり過ぎては、練習が逆にウソをつく。
(2017年8月18日付日経新聞 「サッカー人として」三浦知良さん)