金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

金融・証券(『JTFほんやく検定 公式問題集』に寄稿)

 分野の概要
「金融・証券」分野は幅広く、「日経新聞」から社会/政治/文化/スポーツ面を除いたすべてといったら分かりやすいでしょうか。私の場合各種ファンドの運用レポートを中心に金融機関の社内外向け資料や財務諸表の英文和訳が仕事の大半を占めています。

 金融・証券分野の翻訳者になる方法
(1)自分は翻訳者に向いているのか?
フリーの翻訳者はサラリーマンに比べ「性格的適性」、つまり英語/日本語力、実務知識とは別の、性格的な「向き」「不向き」が正否に大きく響いてくると思います。

例えば今週の私は忙しく外出もほとんどなく、家族以外の誰とも会っていません。しかし翻訳者の宴会に行くと「家族以外と話すのは2週間ぶり」「そもそも人と会うのが10日ぶり」という会話が普通になされます。これを読んで「ああ、自由に自分の世界に浸れそうで憧れるなあ」と感じるか、一歩引いてしまうのか?後者であればあなたはフリーの翻訳者に向いていません。語学力を生かした別の仕事を探しましょう。

翻訳者としての適性自己判定テストをご紹介します。①基本的な生活(3食と就寝)と浮き世の義理(会社勤めや親戚づきあい)を除き、翻訳(の勉強)を最優先に置いた生活を1年間送れるか?②後になってその生活を「あ~楽しかった」と振り返られるか?この2つをクリアできれば翻訳で喰っていけると思います。

(2)どの程度の英語力が必要?
よくある「翻訳力は英語力ではない」「英語力なしでも翻訳者になれる」という説は誤りです。「英語力は翻訳の必要条件ではあるが、十分条件ではない」に過ぎないからです。ではどの程度?私自身の経験と諸先輩方の話を総合すると「英検1級」が1つの出発点ではないかと思われます。勉強法については世の中にたくさん出ていますのでそちらをご覧ください。

(3)どの程度の実務知識が必要?
証券アナリスト第1次レベル」(「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」、「財務分析」、「経済」)の勉強を強くお勧めします。科目別に受講でき、受講資格もありません(詳しくは、日本証券アナリスト協会のHP(http://www.saa.or.jp/)をご覧下さい)。レベルは大学の経済学部/商学部の1年目で学ぶ程度。合否はともかく、この程度の勉強に拒否反応するようでは、残念ですが金融・証券分野での翻訳者の道はあきらめるのが無難です。

(4)実務経験は必要?
私は自分が証券会社に20年近く勤めていましたので「実務経験は不要」とは言いにくいです。ただ普段ファンドのレポートや各種の開示資料を訳しているものの、それぞれの業務(例えば運用)自体を経験したことはなく、翻訳業の中で覚えてきた訳語や言い回しがかなりあります。また私の知り合いには実務経験なしで金融翻訳者になった人もいます。

(5)最後にエール
金融・証券分野の実務翻訳の特徴は、まじめにコツコツ取り組んでいると定期的な仕事が増え、毎月「仕事がある程度読める」ようになる点だと思います。一方、レポート類はどれもほぼ同じサイクルで動くため納期が集中し、私の場合は毎月1週間近く家から一歩も出られなくなります。また単価×枚数の世界ですので、この仕事で大金持ちになることはまず望めません。仕事をある程度確保するまでは経済的にも厳しく、体力的にシンドイことも事実です。

しかし私の場合独立して8年、精神的には完全に自由で、(お客様以外)だれに頭を下げる必要もなくスケジュールを自己管理し、好きな翻訳をしながら家族4人が楽しく生活できています。前述のようにこの仕事は性格的適性がかなり左右しますので誰にでも勧められる仕事ではありませんが、合ってしまえば「こんなに素敵な商売はない」と思います。

尊敬するある実務翻訳者の方が、「翻訳力というのは薄皮を一枚一枚重ねていくように身につけていくもの」と形容されていました。自分が選んだ一生の道。安直な方法などないと思い定め、地道に英語力、日本語力を高める努力を(楽しく)続けることが大事だと考えています。

お互いに頑張りましょう。

                                   鈴木立哉


 (後記)今も基本的な考え方は変わっていません。先日出た『産業飜訳パーフェクトガイド』でもほぼ同内容のことを書きました(2021年5月12日記)