金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

ウェビナーの感想(思いつくまま)

機械翻訳」(機械が出力した翻訳アウトプット)に可能性は感じつつも当面無理だと思っていた自分が、1年後にまさかこのテーマに関するセミナーで話す機会を与えられるとは全く予想していませんでした。

ひょんなことからChatGPTを知ってそれについて調べてくうちに面白くなって、余暇時間に遊びながらその時に得た知見(というか試行錯誤)をそのままブログで書き続けていたら、イカロス出版様からお声がけいただきました。山田優先生(書籍の中で名前を紹介していただいた)のご著書以外にはほとんど関連書籍も読んでいないし、SNSも発信/宣伝中心で他の方の発言等に目を通すことはまずなく、私の考えや意見はほぼ自分の経験と感想のみなので、実務翻訳界の世論とは大きく外れている可能性はあるがそれでよいか?とお尋ねしたところ「どうぞどうぞ」という暖かいお返事。素晴らしい機会をいただきました。改めてお礼申し上げます。

当日は翻訳という共通点以外はバックグラウンドの異なる4人が自分の体験と感想を話し、司会の高橋さんの見事なリードで意見交換したわけですが、少なくとも次の点でコンセンサスが得られたのではないかという気がしています(文責は私です)。

・翻訳者が生成AIという最先端の技術を使いこなしていくためには、「生身の英語力(私は英文読解力だと考えている)」を養うべきだ(生成AIの登場によって、(AIなしで)英語ができる者とできない者との能力格差が広がっていく可能性があるとの参加者からのご指摘はなるほどと思った)。

・生成AIを安易に使い続けると、生身の翻訳力は落ちる。道具ができればそれに支援される能力は落ちるのは必然。翻訳も同じだと思う。ちなみに私は15年ほど前から「翻訳ストレッチ」(私の造語です。英文解釈や英作文など、翻訳の基礎力をつけるトレーニングを毎日30~1時間行っています。このブログ内で検索していただければ関連記事がたくさんみつかります)に取り組んでいて、その結果として生成AIの利用による翻訳力の低下には歯止めがかかっていると思う。

長続きする自己啓発「翻訳ストレッチ」ー毎朝、仕事前に、手広く、コツコツとー(『翻訳事典2018-2019』から) - 金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

・専門とする分野の基本的な知識がないままで生成AIを利用するのは危ない。なぜならば生成AIは「平気で噓をつく」からだ。たとえば、僕は自分が普段訳している経済・金融関連のものであれば、日英にかかわらずそれに関する記事や論文を読めば、「どこをチェックすればよいか」がある程度わかる。ところが、これから経済・金融分野の翻訳者を目指している人が生成AIの出力したものを読んだらその勘所がつかめないので鵜呑みにしてしまい、(AIの出力した嘘の情報によって)自分の知識や理解がゆがむ可能性がある。だから、経験不足の翻訳学習者(に限らずある分野で経験不足の人)はAI翻訳(AIが出力した翻訳)を使うべきではない

・生成AIを利用するのは翻訳者。だから「この出力を(どう)使うか」を翻訳者が自分で考えながら、自らの責任で管理し、利用しなければならない。

結局、生成AIの誕生で便利になったからこそ、人の英語力(翻訳力)が一段と重要になるという何とも皮肉な見方が支配的になったわけですね。

そういえば、柳瀬先生の京都大学での教育実践の様子を伺いながら、最先端の英語教育がなされている大学の入試問題が、一見旧態依然に見えるレベルと形式(京都大学の英語の入試問題は、今もガチガチの英文解釈と英作文の2題と自由英作文)という事実が非常に興味深いと思った。長年にわたって高いレベルを保ち形式も変えることなく、受験生はそのレベルを目指してほしいという大学の意思表示が、巡り巡って(?)今の生成AIの時代に最も合うようになったわけで、生成AIの時代が進むほど、大学受験英語も訳読方式と英作文への「先祖帰り」するのかも。水野均著『日本人は英語をどう訳してきたか』(法政大学出版部)が今年出版されたのも、そういう時代の到来の予兆だったりして。