金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

電話外交受難の時代

昨日、「労働〇〇事務所の◆◆と申します。雇用主様いらっしゃいますか?」と電話が。
「私ですが」「実は、このたび・・・の調査で」と始まったので、
「あなたが、その〇〇事務所の人間だと証明できる方法がありますか?」
「電話では、できません」
「ではあなたの質問には答えられません」で終わった。

1年ぐらい前から、僕は知らない人からの電話の質問には一切答えないことにしている。もちろん、真面目な調査もあるだろうから。「こういうご時世なので、ご理解ください」と丁寧に答えるようにはしています。ちなみにここで「知らない人」とは、「その電話」の声以外の方法でその人の地位や立場を確認できない人のことを意味する。

今持っているパソコンはHPですが、元々は似たような電話外交で始まった。上のような会話で始まった後、でも僕はパソコンをHPで買ってみたかったので、

「では〇〇さん、あなたの部署を教えて下さい。僕が自分で御社の本社を調べ、代表番号からあなたにつないでもらいます。そうしたら信用する」
とやって本人確認をし、2台の購入となったのだ。
こういうご時世なので先方も分かってくれる。

そう言えば、先日のNHK番組で、NHKが行った電話調査の結果が紹介されていた。
「スミマセン。こちらNHK朝日新聞)です。無作為抽出で選択したお宅にお電話をおかけする世論調査です。ご協力をお願いします」

こういう電話がかかってきたとする。
これにホイホイ答えてしまう安易な人々の回答にどこまで信憑性があるのだろう?か?

本文の訳だけで643時間(2016年11月)

昨年10月から始めて6月末の予定が4カ月と1日延びて本文校了。643時間ですよ、643時間。

本が出るまで一銭にもならず、出たからと言ってヒットするとは限らない(ヒットしない可能性の方が高い)643時間。しかもまだ終わっていない。
キツかったー。かなり難解だった。予定通り進まないのと難しいので何回夜中に起きただろう?(毎回1,2度はあるんですけど)。好きじゃなきゃできないね、このただ(じゃないけど)働きは。

まだ付録と原注が30ページほどある。1カ月(最大1カ月半)もらえたので、実務キツいけど何とかなりそう。

(後記)『ティール組織』です。この後原注と付録の訳を提出し、編集者の下田さんとのやり取りが続き、結局出版までここからさらに1年2カ月、さらに350時間ぐらいかかりましたので、トータルでざっと1000時間かかりました。(2021年11月1日記)

頼られると思うからこそ頑張れる(2016年10月)

某P社から昨日きたスケジュール確認メール
「Aレポートに関しては、11月12日土曜日中に英語原稿が仕上がる予定です。予定では30ページほど担当して頂くことになると思います。一日A4で3ページ程度の感覚で、最終的には11月23日までに完了を目指しております。
その後、11月25日金からBレポートが始まります。同じシリーズCレポートまで継続してお願いすることになると思います。終了を12月5日(月曜日か6日辺りを目標としています。Cレポート提出後に、Dレポートを10ページほど。締め切りは12月9、10日あたりまで。その後Eレポートは16日がスタートとなります」

1社でこれだけガチガチにされるのもめったにない。これ以外に毎月来ている他社の案件が4、5本入る。で、これと並行して本が進む。

ため息をついて、このP社の今月分のマンスリーレポートをやっているところに、この締め切りをずらして計2本やってくれと依頼が昨晩と今朝に来た。頼ってくれている。ありがたい。喜んで受けました。

「瓢箪から駒、みたいな」(和英案件)(2016年10月16日)

自業自得と言いますか何と言いますか、金曜日に原稿も見ないで受けてしまった仕事のおかげで朝から晩まで仕事でした。その割に翻訳時間が長くないのは、睡眠時間を7時間にしているのと散歩を必ずいれているため。

実は金曜日には同じソースクライアントからこんな問い合わせもあった。

「鈴木さん、コンプライアンス規程の英訳の仕事・・・お引き受けいただけます?」
「いや、喜んで受けさせていただきますが・・・、ただ・・・」「何よ?」
「・・・僕が訳すわけではなくて・・・」
「どういう意味?」
「僕の本業、英和でしょ?でもお客様から時々頼まれることがあるんです。ま、裏メニューみたいなもんでして・・・」

と一通り話し、

「・・・というような仕組みでやっているので、質には絶対の自信ありますが、『今日の明日』ってわけにゃいかんのですよ」
「実績は?」
「今の英訳担当者との付き合いはもう10年ぐらい。今も某社の70ページ、2カ月の英訳プロジェクトが進んでいます」
「ネイティブの方が訳すと言っても、鈴木さんの責任で受けるのですよね?」
「もちろんです。僕が全責任を持ちます」
「あ~そうですか。で、レートは1文字あたり5円でしたっけ?」
「いえいえ、最低その5倍で・・・」「ひぇ!」
「これだけの人と時間をかけますので・・・。ちなみにレートはネイティブ担当者と完全に折半です。Uさん(お客様)がお尋ねになりそうな質問は全部僕の部分でつぶしますからご心配なく」
「あ~そうなんだ。そうですよね、鈴木さんがあたしの役割をするんですものね。わかりました。どうも!」で電話が切れた。

来ないと思ったね。
そしたら2時間後。

「こっちで検討したんですが、和英も鈴木さんのところでお願いすることになりましたので、契約書を詰めさせてください。その方にも当社宛守秘義務契約に署名いただきますけど、よろしい?」
「いいですよ。でも直接契約しないでね」
「何言ってんのよ。ありえない」
「ありがとうございます!」

ま、こんなこともあるってことで。

逆茂木型の文 ー翻訳ストレッチの教材から(2016年10月)

(以下引用:ただし、適当に間引いています)
5.2 文の構造 ― 逆茂木型の文
最初に次の例文をご覧いただきたい。
「・・・直流電気抵抗の消失をはじめとする特異な性質を示す超伝導状態は、いろいろな運動量をもって勝手な運動をしている伝導電子が、ある臨界温度Tcで、そのほとんどがある特定の運動量pをもった一つの量子状態におちこむことによって実現する。電子自身は、一つの量子状態を一個以上占有できないというパウリの禁制原理にしたがうので、このような状態をとることはできない。しかし・・・」
(中略)
裏返して言えば、読者に逆茂木型の抵抗を感じさせないためには、次のような心得が必要であろう。
(a) 一つの文の中には二つ以上の前置修飾語は書き込まない。
(b) 修飾節の中の言葉には修飾節をつけない。
(c) 文または節は、なるたけ前とのつながりを浮き立たせるような言葉で書き始める。
(a)、(b)、(c)を念頭において、上記の逆茂木型の例文を書き直してみよう。それには、長すぎる文を分割する、また前置修飾語が修飾している言葉を前に出す、等の手法が役に立つ。
・・・超伝導状態では、直流電気抵抗がなくなるほか、いろいろと特異な性質が現れる。超伝導は、特定の物質が固有の臨界温度Tc以下に冷却されるときに起こる:それまでの勝手な熱運動をしていた伝導電子が、ほとんどすべて、特定の運動量pをもつ一つの量子状態におちこんで超伝導がはじまるのである。もっとも、パウリの原理によって、二つ以上の電子が一つの量子状態にはいることは禁じられているが、・・・
(ここまで)『理科系の作文技術』(木下是推著、中公新書)pp78-81

村井章子さんが本書を「絶対お奨めです」とおっしゃっていた意味がよくわかりました。

www.chuko.co.jp 

「柴田元幸先生の素晴らしさに打ちのめされる」(2016年10月)

柴田先生のセミナーに参加するのは3回目だが、過去2回は朗読会と対談で、「翻訳」そのものを扱った、お勉強に近いセミナーは初めてだった。
最高でした。
ノートは別に書いて公開するつもりなので、大ざっぱな印象をいくつか。

1. 金子靖先生は、ほぼ柴田先生の翻訳のやり方を引き継いでおられることが確認できた。
時制の考え方、擬態語のとらえ方、「・・・し始める」の省略など、金子先生が授業で何度も繰り返されている翻訳技法を、「いろいろな考え方はあると思いますが、僕はこうしている」となぜそうしているのかについて、ご自分の考え方を説明してくれた。昨日参加した金子教室の現元生徒の皆さんは実感し、安心したのではないか(別に今までの金子先生を信用してないってことじゃありません。あしからず)。柴田先生の翻訳の授業なんてめったに受けられないが、金子教室は毎月ある。要するに、柴田先生の授業を毎月受けられるようなものだと思った。

2. 生徒の目線に立った謙虚な姿勢に感銘を受けました。
上に書いたように、「自分はこうしています」「私の体験だと・・・これがベスト」とはおっしゃるが、いわゆる(自分が「先生」と呼ばれないと不機嫌になるような)「大先生」がするような「これはこうなのです!」的な押しつけが一切ない。質問に対するお答えは、最後に「・・・これでお答えになっていますか?」と相手の目を見て尋ね、うなずきを確認してから次に進む。セミナーが終わった後、宴会場までの道のり、ふと気がつくと後ろを歩いていらっしゃるという存在感のなさ(ヘンな意味ではありません)、宴会場ではアルクの佐藤さんにわざわざ「なるべく皆さんと話したいので、席をいろいろ移らせてほしい」とお申し出になる心遣い等々、人として見習いたいと思った。

心から、行って良かったと思うと同時に、翻訳勉強会、真面目に取り組まなければとあらためて心に誓った次第。


(余談)ちなみに私は、テキストの原本を一昨日に100円(プラス送料)で買いました。ラッキーであった。

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柴田元幸先生の講演会メモ(2016年10月)

 (ご注意)僕が自分のために書いたメモです。僕が聞いたことのまとめですので、解釈に誤りがあった場合等の文章責任は僕にあります。
  
 [翻訳全般に関すること]
 翻訳は趣味。仕事と思ってやったことはない。幸い給料をもらえる身分だったので、いやなこと(大学における先生業以外の雑用)をなるべく減らして好きな翻訳に時間をかけてきた。給料がもらえたのでお金のことを考えて翻訳したことはない。(実に羨ましいご身分だと思った)。 
 
 辞書は、一つの語を引く度に一つの辞書を見るのが基本。電子辞書がメインで、必要に応じ紙の辞書。パソコンで串刺し検索をすることはあるが、パソコンは好きではなく、あまり立ち上げない。リーダーズがあれば何とかなると思っている。英語の俗語についてはUrban dictionaryが最高である。 
 
 原稿は手書きで書く。なるべくパソコンを見たくないのと、自分の字が好きだから。以前はボールペンで書いていたが、今は万年筆。原稿用紙ではなく、普通の紙に書いている。(実は、原稿で書くことにより文体の違いを感じるか?という質問をすべきだったのだが、つい聴きはぐった(後悔))   
 
  [ 翻訳技術に関すること ]
  翻訳はまずは直訳。原文に書かれていることを全部、律儀に拾うのが基本。あとで見直して工夫していく。←経験的にはこれがベストのアプローチだと思う。 
 
  原文の意味がわからない場合も、とりあえず訳して先に進み、あとで見直しの時に考える。初訳の段階で何時間も呻吟しない。
  
 指導者としての経験から・・・いつまでもグジグジと、あれこれ訳文をいじくり回している人の方が(エイヤ、コレだ!と潔く決めてしまう人よりも)伸びる。  
 翻訳学校で勉強されている方々の方が(学生に比べると)読んだときの通りがよい(読みやすい)という印象。ただし小説の原文がすべて美しいとは限らない。原文はすべて美しいはず、と誤解されているのかもしれない(←ただし、その後で、「昔とは違い、今の読者は読みにくい日本語を我慢してくれないので、勢い分かりやすい日本語に傾く」ともおっしゃっていました)。 
 
 翻訳者は著者の代理ではなく、読者の代表。なので固有名詞や読み方について著者に尋ねることはあっても、文章の意味やメッセージを尋ねることはない。あくまでも読者としての解釈を貫く。読者として読み取ったことをすべて翻訳に反映されるべき。 
 
 言葉の反復、韻、擬態語等は、原文で読んだときと日本語で読んだときの印象が等価であることを原則とする。したがって、同じ言葉の反復の方が良いときもあれば、表現を変えた方がよい場合もある(杓子定規にならないこと)。シャレ笑わせるのでであれば、言葉そのものを訳すと言うよりも、訳文を読み終わったときに同じような笑いが起きるような表現を選ぶ。 
 
 英語の小説は、(a)昔は地の文を過去形で表現するものが多かったが、最近は(b)「著者の目の前で今起きていること」を表現するために現在形を使う小説が目立ってきた。さらに(c)そういう意識とは関係なく現在形で書かれている小説も多い。いずれにせよ、原文が現在形であれば、訳文も「現在起きている」という日本語表現(日本語を現在形にせよ、とはおっしゃっていなかった、というのが鈴木の印象です)で行くのが良いと思う。 **ちなみに、先生はテキストを(c)のノリでお話しになっていたと思うのだが、実は途中から過去形になって、現在と過去が対比される(つまりテキストは(b)だった)ので、なおさら今起きている表現を使った方がよい。過去形の箇所まで行かなかったので先生この点をお忘れになったのかと鈴木は思った。 
 
 原文がアングロサクソン系の言葉は大和言葉、ラテン系の言葉は漢語で訳すようにしている(ただし、杓子定規にはならないように)。 
 
 擬態語は1文につき一つを自分なりの原則としている。
 
 原文を音読するのは好きなのでよくする。自分の訳したものを音読することはまずない。ただし、できればほかの人に読んでもらうと良いかも。経験的には、耳で聞いて分かりやすい訳文の方が読んでも分かりやすい。  
 
  以上  

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