金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

柴田元幸先生の講演会メモ(2016年10月)

 (ご注意)僕が自分のために書いたメモです。僕が聞いたことのまとめですので、解釈に誤りがあった場合等の文章責任は僕にあります。
  
 [翻訳全般に関すること]
 翻訳は趣味。仕事と思ってやったことはない。幸い給料をもらえる身分だったので、いやなこと(大学における先生業以外の雑用)をなるべく減らして好きな翻訳に時間をかけてきた。給料がもらえたのでお金のことを考えて翻訳したことはない。(実に羨ましいご身分だと思った)。 
 
 辞書は、一つの語を引く度に一つの辞書を見るのが基本。電子辞書がメインで、必要に応じ紙の辞書。パソコンで串刺し検索をすることはあるが、パソコンは好きではなく、あまり立ち上げない。リーダーズがあれば何とかなると思っている。英語の俗語についてはUrban dictionaryが最高である。 
 
 原稿は手書きで書く。なるべくパソコンを見たくないのと、自分の字が好きだから。以前はボールペンで書いていたが、今は万年筆。原稿用紙ではなく、普通の紙に書いている。(実は、原稿で書くことにより文体の違いを感じるか?という質問をすべきだったのだが、つい聴きはぐった(後悔))   
 
  [ 翻訳技術に関すること ]
  翻訳はまずは直訳。原文に書かれていることを全部、律儀に拾うのが基本。あとで見直して工夫していく。←経験的にはこれがベストのアプローチだと思う。 
 
  原文の意味がわからない場合も、とりあえず訳して先に進み、あとで見直しの時に考える。初訳の段階で何時間も呻吟しない。
  
 指導者としての経験から・・・いつまでもグジグジと、あれこれ訳文をいじくり回している人の方が(エイヤ、コレだ!と潔く決めてしまう人よりも)伸びる。  
 翻訳学校で勉強されている方々の方が(学生に比べると)読んだときの通りがよい(読みやすい)という印象。ただし小説の原文がすべて美しいとは限らない。原文はすべて美しいはず、と誤解されているのかもしれない(←ただし、その後で、「昔とは違い、今の読者は読みにくい日本語を我慢してくれないので、勢い分かりやすい日本語に傾く」ともおっしゃっていました)。 
 
 翻訳者は著者の代理ではなく、読者の代表。なので固有名詞や読み方について著者に尋ねることはあっても、文章の意味やメッセージを尋ねることはない。あくまでも読者としての解釈を貫く。読者として読み取ったことをすべて翻訳に反映されるべき。 
 
 言葉の反復、韻、擬態語等は、原文で読んだときと日本語で読んだときの印象が等価であることを原則とする。したがって、同じ言葉の反復の方が良いときもあれば、表現を変えた方がよい場合もある(杓子定規にならないこと)。シャレ笑わせるのでであれば、言葉そのものを訳すと言うよりも、訳文を読み終わったときに同じような笑いが起きるような表現を選ぶ。 
 
 英語の小説は、(a)昔は地の文を過去形で表現するものが多かったが、最近は(b)「著者の目の前で今起きていること」を表現するために現在形を使う小説が目立ってきた。さらに(c)そういう意識とは関係なく現在形で書かれている小説も多い。いずれにせよ、原文が現在形であれば、訳文も「現在起きている」という日本語表現(日本語を現在形にせよ、とはおっしゃっていなかった、というのが鈴木の印象です)で行くのが良いと思う。 **ちなみに、先生はテキストを(c)のノリでお話しになっていたと思うのだが、実は途中から過去形になって、現在と過去が対比される(つまりテキストは(b)だった)ので、なおさら今起きている表現を使った方がよい。過去形の箇所まで行かなかったので先生この点をお忘れになったのかと鈴木は思った。 
 
 原文がアングロサクソン系の言葉は大和言葉、ラテン系の言葉は漢語で訳すようにしている(ただし、杓子定規にはならないように)。 
 
 擬態語は1文につき一つを自分なりの原則としている。
 
 原文を音読するのは好きなのでよくする。自分の訳したものを音読することはまずない。ただし、できればほかの人に読んでもらうと良いかも。経験的には、耳で聞いて分かりやすい訳文の方が読んでも分かりやすい。  
 
  以上  

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