昨日、散歩の途中でアイデアが浮かんだ。いい閃きだと思い、急遽ChatGPTに音声入力した。当然ながら、誤字脱字だらけで読みにくい。それでも、その場で言葉を残せたというだけで十分だった。
「散歩中にスマホで音声メモをとる」という手法は、たしか野口悠紀雄先生の『「超」創造法 生成AIで知的活動はどう変わる?』(幻冬舎新書705)に書いてあったと思う。それができたら便利そうだと思ったものの、ちょっとした思いつきを「スマホに音声で残したい!」と感じるほどの場面に遭遇したことがなく、メモ帳の使い方も忘れてしまっていた。せっかくの着想も、霧のように消えてしまうことが多かったわけだ。そうした「取りこぼし」がなくなるだけでもありがたいと思った。
ところが、家に帰ってパソコンを開くと、もう一段驚くことがあった。僕の散らかった言葉の羅列のあとに、ChatGPTが「あなたの言いたいことはこういうことですね」と、見事なまとめまで添えてくれていたのだ。メモ帳の使い方がわからず、苦し紛れにChatGPTに頼ったからこその、思わぬ拾い物だった。
ChatGPTに「まとめてもらった」ことで、自分の発想が縮こまったり、歪められたりするリスクは当然残る。だが、元の支離滅裂な言葉のほうも一緒に残っている。生のメモさえ残しておけば、最初の発想にはいつでも立ち返れるのだ。
これは使える。