金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「気がかりだったこと」(2015年12月2日:『ティール組織』裏話)

実務翻訳に忙殺され、その合間に書籍が出てという大きな波が一応収束したのだが、僕の心にはここ2ヶ月ずっと引っかかっている事があった。

訳書2冊に手が着いていないということである。

「2冊」と言っても1冊は今年1月に校了し、出版社の事情で延び延びになっていたもので私の作業が多少遅れても心の痛痒はあまり感じない。

実はもう1冊は私の持ち込み原稿(これまでの経緯はここに書いてきました)に出版社(というか最初に対応してくれた編集者のSさん)が誠実に対応してくれ、8月にゴーサインが出た案件で、こっちが精神的にはキツイのだ。

もちろん今回の本のことがあったので先方を訪ねた時には「8月いっぱいまでは無理」と話してあった。校了は8月末だし、その後は編集者の方とのやり取りはあるしゲラ修正もあるけれども負荷は相当減るはずだ・・・そう思っていたのだが。

8月に入って金融本の方に予想外の事態が発生して9月からは入稿とゲラ修正が同時に進むような大混乱状態に。それでも9月の打ち合わせの時には「10月から何とか始められそうです」と言っていたのが甘かった。

訳書と違って著書の場合、「どうにでも本の体裁や順番を変えられる」という自由度がある。しかしそれは逆に言うと本を良くするための努力に「際限がなくなる」ことを意味するのだ(何しろ自分が原著者なので)。

つまりできあがる直前まで中身を変え続ける羽目に陥ったのである。入稿とゲラ修正を繰り返しながら、「鈴木さん、これ以上はこの部分は変えられません」「目次はここまでで動きません」「小見出しはここまで」「このページはあと1行・・・・」この作業が訳書の比ではなかった。これは完全な誤算だった。本の性質もあるけれども、11月初旬の印刷屋さんに最終原稿を入れてもらった後も若干直していた。

さらに、取引先のソースクライアントの年末レポートが通常の倍のペースで、しかも前倒しで始まり、某社の和英の大プロジェクトが始まり、一方通常のレポートも予定通り来る・・・とまあこのFBでも「運動不足」とか「天気もわからない」とか書く事態に追い込まれてしまったわけです・・・つまり私の持ち込み企画は全然進んでいないのである。11月中旬ぐらいからまずいな~とは思っていながら、忙しいこともあったのだが、申し訳ないし、悪いナーという気持ちが募るほど書けなかったのだが、まあそうは言っても2ヶ月たったし、月の切れ目でもあるので思い切ってメールを書いた。

(以下引用)
「S様 お世話になっております。鈴木立哉です。
 スミマセン、ちょっと(というかかなり)遅れています。まだ5000ワードにも達しておらず、何か原稿をお見せする段階になっておりません・・・(中略)・・・本当にスミマセン。」
正直に現状を書きお詫びしました。全くコネのない段階、同社のホームページの「お問い合わせ窓口」から「実は持ち込み企画がある・・・」とのメールを出したのが7月。それからずっと真摯に対応していただいた方なので嘘やごまかしは利かない腹を括ったわけです。
昨日の晩に返事が来た。
「お世話になっております。E出版のSです。
下記ご連絡有難うございました。ご著書を上梓されたとのこと、まことにおめでとうございます!・・・私も勉強のために早速買わせていただきました。進捗状況について承知しました。ご無理のないようおすすめくださいませ」

心の重しがすーっと取れた。

(後記)
上の記事で「8月にゴーサインが出た案件」が『ティール組織』
「8月に入って金融本の方に予想外の事態が発生して9月からは入稿とゲラ修正が同時に進むような大混乱状態に」なったのが『金融英語の基礎と応用』です(2023年12月2日記)。

「なにくそコンチクショー」(『金融英語の基礎と応用』の執筆を支えたのは意地)

やっと著者向けの見本本がきた。

本当は23日までには着くはずだったのだが出版社の手違いで最初の2冊が着いたのが25日(ひとまず編集部にあるものを2冊宅配便で送ってもらった)。これは2冊ともそのまま鞄に突っ込んで翻訳祭の前夜祭で1冊進呈、もう1冊も同じ日に授業があった金子先生の所にお持ちした段階で手持ちがなくなった。

自分でアマゾンで買えば良いのだがタダの本があと3冊来るのがわかっているのにポチるのはどうもね~(我ながらセコイ)と思って注文しなかった。

で昨日来た3冊のうち1冊を神棚(と言いますか亡き父の写真と鈴の置いてある場所)に供え、1冊は自分の手元に置く(これは自分で使うため)。すでに10冊注文したのが今週に来る予定。1冊を実母、1冊を妻の実家に渡してあとはすべて営業用(含むお世話になった人への進呈)に使う。今の予定では贈り物や営業様で都合30冊ぐらい購入するだろう。

何しろ少部数でお二人の校正者への校正料(これは秘密)の半分を私が負担しているので、営業様の自腹買い分を除くと3年間、恐らく1000時間は超える努力の初版によるネットの収入はチョボチョボでございます。

さっきたまたま見たNHKのニュースで羽田圭介さんが、「金のために小説は書きたくない」とおっしゃっていた。僕だって今回の本「金のために」こんなに時間や労力を費やしたわけじゃあない。

何しろこの3年半、山あり谷あり、いやほとんどが「谷」でときたま瘤(コブ)、山があるとしたらそれは2回ほどあった活火山の噴火でございまして(これも秘密。時たまお友達に弱音や愚痴を聞いていただきました)・・・そうした状況で進んで来た。先の見えない、あえて喩えれば賽の河原の石積みのようなコツコツした作業を続ける中で、ようやく構想が完全に固まって「この方針(50音順の大見出し=目次と小見出しの組み合わせでまとめる)で行けそう」と思って編集者のMさんに「何とか行けそう」と電話したのがこの3月なのだ。

自分を支えたのはただひとつ。

「意地」でございますよ。

「ここで止めてたまるか!!」「なにくそコンチクショー!!!」の精神が一番大きかったと思う。訳書の時にもそういう思いも抱きますが、今回は特別この意識が強かったと思う。

そういう意味では、本書が出た、というのはこれまでの訳書に較べても達成感が大きい。

しかし、出来てしまうと、ずっと隠れていた「銭ゲバ」精神が頭をもたげてくるのである。

やっぱり少しは売れてほしい。

だから自分でできる範囲の営業努力はする・・・というわけでここ数日は夕食後にせっせとメールや名刺入れをひっくり返しては「出版のご挨拶」のメールを送っています。宛先には気をつけているつもりですが、もし皆さんに私のメールが行っていましたらお見逃しくださいね。

・・・というわけで、本日も皆さんにとって素晴らしい1日となりますように!!

tbest.hatenablog.com

人生の密度(2015年11月21日)

起床:5時00分
体重:77.0kg、体脂肪率22%、体脂肪量16.9kg
前日比:+0.6kg、±0%、+0.1kg
ピーク:体重は78.6kg(8/24/14)脂肪量は19.9kg(12/7/14)
間食:クッキー1個
運動:スクワット60回。散歩35分
翻訳ストレッチ:『国家は破たんする』原文訳文、谷崎『文章読本』音読の計10分
翻訳時間:10時間45分
就寝時間:23時00分

昨日は夕食後にTSUTAYAの定額サービスで借りた「清左衛門残日録」を見た。仲代達矢財津一郎佐藤慶、かたせ梨乃等々の演技に痺れる。「蝉しぐれ」と並んでテレビドラマの最高傑作の一つだと思いますが、途中であることに気がついた。

今の自分が仲代達矢演じる、隠居した清左衛門より2つか3つ年上なのだ。

サラリーマンの皆さんは年齢とともに立場が変わってきて、「そろそろ隠居(定年退職)」みたいな心の準備が出来ているのかも知れませんが、心が30代後半のままの自分には「お父さん、もう隠居の年なのよ」と言われても実感がない。

「この時代の50代と今の50代は違うもんね」

そうかもしれないけど、なんかね~。

今の未熟な自分と円熟した仲代達矢(僕より2つぐらい下の役:実際には60歳ぐらいだった)を見ていると、昔と今では人生の密度が違うような気もしてくる。一生懸命生きてきたつもりなんですが。

今日も頑張ろう。

・・・というわけで、本日も皆さんにとって素晴らしい1日となりますように!!

見知らぬ人の親切に感謝(落とした財布を拾い主が直接送ってくれた話)(2015年11月)

一昨日の朝8時頃に電話があった。

取引先にしては早いなと思って出ると次男だった。次男は毎朝7時に家を出て8時に予備校に着いてシャッターが開くのを待ち、授業が始まるまで自習する習慣である。

「お父さん、財布をなくした」。

入っていた物は現金1000円札1枚と小銭、スイカ、保険証、予備校の学生証と入館証、家の鍵。9時からの授業に出るのはあきらめ(入校以来初めての欠席)、津田沼駅に届けて西船橋経由で西葛西まで戻り、事情を話して帰宅。スイカは再発行すればよいし、現金の損失も大したことはない。気になるのは住所の入った証明書と家の鍵を一緒に落としたこと。2日たっても見つからなかったら家の鍵を取り替えるしかないな、と話しているところに次男帰宅。

経済的には大した損失ではないのだが、時期が時期だけに「大事な物をなくした」ことの方が本人にはショックらしい。何しろ受験生なもんで。「受験日の当日じゃなくてよかったね」「今『落ちて』おいてこれはむしろ運が良いぞ」な~んて類の慰めの言葉をかけているうちに本人も気を取り直す。西葛西-津田沼間は営団地下鉄、JR、東葉高速線の3社乗り入れなので3社の落とし物係に電話をかけて「みつかってない」ことを確認して午後からの授業に行く。昨日の朝も再び3社に電話しても届けはなく、再発行を決意。予備校に向かった。

昼過ぎに管理組合の事務所に出向いて家の鍵交換をしたい旨を告げて業者を紹介してもらい、「日曜日に連絡しても来てくれるかなあ」と思いながら1階の郵便ポストを除くと「レターパックライト」の封筒が入っている。宛先は次男。差出人は・・・空欄。ピンと来た。

家に戻って「これもしかしたら財布じゃないか?」財布にしては薄い気がしないでもない。本人宛の郵便は原則開けないことにしているが緊急事態ということで開けて見ると・・・財布が開いた状態で入っていた(折りたたみ財布なんです)。お金も、証明書も、家の鍵も全部そのまま。「お~」妻がすぐ次男に電話(次男は予備校で自習中)。スイカの再発行は終わっていたがそれ以外の手続きはまだだった。

夜に次男が帰宅。「いったいどなたなんだろう?」字の感じからすると高校生のような気もする。「あたしは社会人1年生の人じゃないかと思うな~。警察とかに届けると手続き面倒だし、すぐ必要だと思って送ってくれたんだよ、きっと」「世の中まだまだ捨てたもんじゃないね~」「この封筒取っておこうぜ」などと話ながらとりあえず亡き父の遺影の前に置く。次男「誰にお礼言ったらよいだろう?」「とりあえずおじいちゃんにお礼言っとけ。おじいちゃんが返してくれたんだよ」「そうだねえ」チーンと鈴を鳴らして手を合わせる次男。

・・・そこで気がついた。昨日は亡き父の誕生日だったんです。

(後記)現在社会人の次男は、予備校時代はかなり真面目で、1年間のうち結局休んだのはこの日(財布を落とした日)の午前だけでした。それ以外は1日も、1時間の授業も休まずに予備校の全授業に出席にし続けた(IDカードで出席状況がすべて保護者に報告されていました)。あれから6年たちますが、私は今でも名もなきこの方に感謝しており、毎朝お礼を言っています(2021年11月15日記)。

マッチング率はナンセンス

昨日の夕食時の会話

「おい、明日は日本は休日だな」
「お父さん、それじゃ日本にいないみたいじゃない。それを言うなら『世間は』でしょ」

外国の翻訳会社との仕事が終わったところだからかな。

それは、ある会社の第3四半期(7ー9月期)決算発表用プレスリリースの翻訳のQAだった。僕は未だにTrados Studioの「パッケージ」に慣れないので、「原文と訳文のワードファイルを送ってくれ。直接直すから」と要請したら、パッケージとともに送ってくれたのでそれを直しました。ただし「この会社用」として支給されていたTMはなぜか見ることができなかった。

以下はQA(品質管理)を納品した時に担当翻訳者への評価コメントで述べた内容である(一応へっぽこジャパニーズ・イングリッシュで書きました)

「翻訳者は優秀です。唯一の、そして致命的な欠点は、彼/彼女が2015年第2四半期のプレスリリース(英語と日本語)を確認していないと思われる点です。翻訳者は第2四半期の決算発表では使われていなかった表現(訳語)を多数用いていました。恐らく、翻訳者は貴社から支給されたTM(翻訳メモリ)に依存し過ぎていたのではないでしょうか。彼/彼女が(恐らく)100%マッチで使った++という訳語は、1年前のプレスリリースでは使われていたかもしれませんが、少なくとも直近の第2四半期には使われていなかったのです。

かねてから指摘しているとおり、貴社のTMは必ずしも質が良くない ― と言うよりも、文脈によって表現が変わり得るこの手の翻訳には、複数の人間によって異なる時期に入力されたTMは不適切なのです。

とりわけプレスリリースの場合に最も重要なポイントの一つは、表現の継続性です。もちろん、表現を改善したり誤りがあったときにそれを直すのは当然のことです。しかしそうでない限りは、極力、同じ内容について公表された文書を最優先の前例として使うべきではないでしょうか。

貴社がすべきことはTMを作ることではなく、文脈によって変わらない用語(専門用語等)についての表現集を作って翻訳者に配布することです。さもないと、この仕事をあてがわれた翻訳者は、きちんと管理されていないTMの、文脈に合わない表現を無自覚に使ってしまいかねない。私はかつて指摘した重要点をもう一度指摘しなければならない。経済/金融関係の文書の翻訳は製品の取扱説明書ではないのです」

ホント、TM依存症は怖い。僕も戒めないと(僕は翻訳の99%でTMを使っている)。

ちなみに、僕は顧客ごと、書籍ごとのTMを使っています。ただ、すべて自分の訳したもので、公表された後は自分の翻訳と比べて、文節ごとに(〇〇社の△レポート、●年〇月号)、お客様から支給されたものは(〇〇社から支給)というメモをTMに記憶させています。そして最後の仕上げではTMから離れる(本の場合は無視する)。

たけしの見方(2015年10月)

本日の折々の言葉

「多様性は……多様な存在の外からその数を数えるような一個の存在に対して生起するのではない。

エマニュエル・レヴィナス
(2015年10月30日の朝日新聞より)

ビートたけしの次の言葉も同じ事を言っている。

「人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには『1人が死んだ事件が2万件あった』ってことなんだよ」(東日本大震災に際してのたけしの意見)

ずっとずっとわかりやすい。

僕はビートたけしの(特に最近の)映画は嫌いなんですが、たけしの物の見方は好きだ(引用部分だけが注目されていますが、この時のエッセイが全部読めます↓)。

 

http://tariq1227.tumblr.com/post/4034843737/ビートたけし1人が死んだ事件が2万件あったってことなんだよ

tariq1227.tumblr.com

翻訳者は顔がたるむのか?

先日さる方の大変に美しいプロフィール写真を拝見しながら、先日焼肉店で後輩のYと3年ぶりに会ったときに、「鈴木さん、年取りましたね~」と言われたことを思いだした。

「いきなり会って、なんだよその言いぐさは・・・」と幾分ムッとして(思い出したら少々腹が立ってきた・・・ちと昇進は早すぎたような気が・・・まま、それはさておき)尋ねると、「だって、顔がタルンで来てるじゃん」。

ここ数年鏡を見る度に「ああはなりたくない」と思っていた亡き父の顔に似ている自分に気づいてはいた。「ああはなりたくない」というのは、要するに「ジジイ顔」ということであります。その父がやや「頬が弛み顔」だったので幾分はしようがないのか、と思っていたのですが・・・。

小生意気な後輩に遠慮会釈なくそう言われてみると「俺みたいにずーっと家にいてパソコンばかり見ていて、家族以外の他人とほとんど会話をしていないと、顔のタルみ度が大きくなるのではないか?」と思うようになってきた。

ウチのにこの説を披露すると笑いをこらえながら「しようがないじゃん、年なんだから」と言う。

そうかなあ。顔のストレッチしようかなあ。少しは効果あるかなあ。

気持ちはかわっていないんだよね。Yと出会った30代後半の時と。

失礼しました。