金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「30代は来た球を全部打て」:4月26日に出会った言葉

(1)2020年4月26日  
是枝 渥美さんは軽みの中によくわからない悲しみがありますよね。
是枝裕和著『希林さんといっしょに』(株式会社スイッチ・パブリッシング)p259)
本日の言葉:『希林さんといっしょに』の音読も、いよいよ是枝さんの弔辞(是枝さんは「真実」の撮影のため告別式に出席できなかったので橋爪功さんが代読したそう)まで来て、ぼちぼち読み終わります。これはもう一度読もうと思いながらページをパラパラとめくっていたら、赤ペンで丸囲いをしてあった箇所が目にとまった。昨日ご紹介した宮藤官九郎さんの書かれていた志村けんさんの思い出と重なった。引用文は次のように続く。「いまはいなくなっちゃったけど、役者の中にそういう系譜がある。森繁さん、フランキー堺さん、渥美さん。あの世代特有の軽やかさと悲しみはすごく貴重だと思うんです」(同書p259。引用文の次)。志村さんも同じ系譜だったのだと。

(2)2019年4月26日  
「30代は来た球をすべて打て。そうすれば40代になった時、自分が何に一番適しているかを人が決めてくれるから」と。それを信じ、あえて自分の作家としてのカラーを決めず、依頼された仕事はほとんど受けてきた。「年に5、6本は書いていました。振り返ると30代はずっと締め切りに追われていたような感じ(笑)」
「今の劇作家・演出家という仕事は前よりはるかにプレッシャーが大きく、作った作品が何の価値もないと評価されるかもしれないという恐怖と常に格闘もしていますが、それでも会社勤めの頃の自分には戻りたくない。その気持ちが原動力になっています」 蓬莱竜太さん
Hero’s File 2019年4月26日付朝日新聞社会面)

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(3)2018年4月26日  
新聞で「米朝緊迫」なんて見出しを見ると、「桂米朝さんに何かあったんかいな」と驚いてまうわ。かつて大阪の知人から、こんな話をよく聞かされた。
(4月25日付け日経新聞「春秋」より)