金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「過酷な状況では普段にも増して技術が身を助ける」:出会った言葉:3~5年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(225)

(1)3年前の今日
……と、他人事のように書いたが、僕だってアイデアを人からほめられればうれしいし、けなされれば落ち込む。それは当然のことだ。
 それでも僕がプロトタイピングの道を選ぶのは、ギリギリまで頭ばかりを動かし、最終的にイマイチなアウトプットをするほうが、より「恥ずかしい」と感じるからだ。そんな「大ケガ」をするくらいなら、より早い段階で「ツッコミどころ満載なアウトプット」を自らさらしてしまい、「小さなケガ」を何度かする方が、はるかに増しではないか……「自尊心を守りたい人」「本当はとても臆病な人」にこそ、プロタイピングをおすすめしたいと思う。
(『直感と論理をつなぐ方法』p227 佐宗邦威著、ダイヤモンド社
*僕は書籍の場合、全部終わってからではなくて、章ごとに編集者の方にお見せしてフィードバックをもらいながら修正していく方法を採っている。これがよいのかな、と少しホッとした。

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(2)4年前の今日
 どういう本を読んだらよかろうか、ということは、一般的には決められません。どういう女を口説いたらよかろうか、という、だれにも通用する標準などあるはずがないのと同じことです。口説く相手は、時と場合、その人によって違うでしょう。
・・・中略・・・
 私は、手当たり次第に本を読んで、長い時を過ごしてきました。そういうのを世の中では「乱読」というようです。「乱読」の弊 ― しかし、そんなことを私信じません。「乱読」は私の人生の一宇で、人生の一部は、機械の部品のように不都合だからとりかえるというような簡単なものではない。「乱読」の弊害などというものはなく、ただそのたのしみがあるのです。「手練手管」の公開、すなわち、わがたのしみの公開というこどでしょうか。
1962年9月30日 カナダのブリティッシュ・コロンビア大学にて  加藤周一
加藤周一『読書術』まえがきより。同時代ライブラリー、岩波書店

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(3)5年前の今日
過酷な状況では普段にも増して技術が身を助ける。
(「サッカー人として」三浦知良 本日付日経新聞 スポーツ面)