金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

ユーザー(読み手)目線をつい忘れてしまう日英翻訳の実例

以下は一昨日から昨日にかけて、私とあるお客様との間になされたやりとりを若干修正したものである。とりわけ、成果物を受け取ったお客様がその英文を評価できにくい和文英訳の実務翻訳上、極めて重要なポイントを含んでいると思うので読者の皆様にご紹介しておきたい。言われて見れば当たり前のことだが、実際にはなかなかできませんぞ。

(前提条件)顧客は個人向けにあるサービスを提供している。これまでは日本人向けのサービスに特化してきたが、今度は訪日外国人(英語話者)にもサービスを拡大することになり、パンフレットや契約書、各種説明書を英語に訳して提供したい。ついてはこれらを英訳してほしいと依頼を受けた。私は、契約書については「正本は日本語、英語はあくまでも参考」というヘッジクローズをつけることを提案した上でこの仕事を受けた。なお、下記「一次訳」とは私の手元に届いていた担当する英米人の翻訳者が訳した英文のこと。

(こちらから先方への質問メール)
お世話になっております。現在一次訳が終わり、内容のチェックをしています。
1点質問がございます。「電話による質問/疑問への対応サービス」には英語でのサービスが提供されているでしょうか?ある場合にもない場合にも、何らか一文を追加しておく必要があると思います。以上よろしくお願いします。

(先方からの返信メール)
担当部署に確認しましたところ、英語でのサービスは現状「やっています!」と正式に発表できる状況ではなく、需要が増え次第、しっかりと対応していきたいと考えております。ですので、今回は文章の追記は必要ないかと存じます。

(納品時に当該部分に関して送ったメモ)
〇〇様のご説明によりますと、この電話対応ービスは現在英語では準備中とのことでした。だとすると、もし上の英文(当該サービスについてパンフに書かれた日本語を英文にしたもの)をパンフレットに加えるのであれば、何か注釈を付け加えないとお客様が混乱すると思います。パンフには英語で説明があるのですから、日本語のわからないお客様は、英語で電話を掛けることが予想されるからです。英語でパンフをつくる、とは日本語のパンフを単に英訳するということではなく、英語で利用する方に利便性を与え、余計な負担をかけないことだと思います。従いまして、貴社の選択としては、次の2つがあると思います。
① 英語でサービスが提供されていないのだから、英語での説明は含めない(つまり上の英語はすべて削除)
② 上の英語の下に、注のような形(*をつける)で英語で説明を入れる。
(案1)*This service is only available in Japanese.(これは日本語のみのサービスとなります)。この案の問題点は、日本語でしかサービスがないのだったらなぜわざわざ英語のパンフレットに書くのか?という素朴な疑問をお客様が抱くことです。
(案2)*We are currently making arrangements to provide this service in English.(現在は英語のサービスを準備中です)
その上で、英語で準備ができた時にこの文章を削除する。(以下省略)

(その後の対応)
担当者に電話し、上のメッセージの意味を説明した。「もし〇〇さんが外国旅行に行ってたとして、そこに何らかのサービスが日本語で提供されていたとします。しかも日本語で書かれていたパンフには『困った時の電話サービス』があったとしますよね。そこに電話をしたら日本語が通じなかった。〇〇さん、どうお感じになりますか?」「お、怒ると思います」「ですよねえ……」

(以上を踏まえてのポイント)
「ユーザーの立場になって考える」というのは、いわば当たり前のことなのだが、それが「翻訳」になった瞬間に「日本語通りに英語に訳すこと」で頭がいっぱいになってしまい、「読み手が英語のユーザー」という意識が消えてしまう。特に今回のケースでは、私に翻訳を発注した部署が、サービス提供した部署と異なるため、当事者意識がなおさら希薄となっている。しかも、できあがった英文を必ずしも全員が評価できるわけではない(日本語だと「これ違うんじゃない?」とわかることが多い)。だからこそ電話で説明した。そこの部分をきちんとアドバイスすることが非常に大切だと思う。

皆様、自社のホームページやパンフレット等、お客様に見せている資料の「英訳」を利用者目線で見直してみては?