金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「顧客教育」(ネイティブチェック済み英訳原稿のチェックを依頼されたケース)(2014年9月)

以下は本日午前に某上場会社宛に納品した際の私からお客様宛メールの一部(文章は追加していないが一部削除した)である。

業務内容は、英文のプルーフリーディング。A社は某翻訳会社に同社のCSRに関する日本語文書のネイティブ・チェック付きの英訳を依頼したが、念のため私宛にチェックしてほしいとの依頼があった。いわば翻訳のセカンド・オピニオンみたいなものかな。

発注にあたっては「日本語と英語を見てプルーフリーディングするか、英語のみを見てプルーフリーデイングするか」を尋ねたところ後者を選んだ。なお料金は前者の方が2割高い。

以前にも書いたように、本件は本来翻訳会社のみに責があるのではなく発注者側にも「日本語資料の英訳が英語資料」という安易な発想があった点もまずい。ただ一応お客様なので3(1)において翻訳会社を責めつつお客様の自覚を促す文面とした。なお担当者には「御社も悪い」と口頭では伝えてある。

(以下一部引用)

以下資料をご覧になるにあたっての留意点を差し上げます。

1.ご発注を受けました時にお話しした通り、本件はあくまでもネイティブ担当者が英文のみを読んで、英文として意味が通じるか?というプルーフリーディングです。したがいまして

・英語で読んで理解出来ない場合
・常識に従わない場合
・論理的に成り立たない場合

に限って日本語を参照しております。逆に申し上げれば

・日本語の原稿自身に何らかの問題(情報の抜け等)があっても英語に現れていない場合
・過去の経緯で「つぎはぎの英文」が作られてきた結果日本語にないロジックや文言が英語に現れていても、

それが英語として成立している限りはスルーされますのでご注意ください(偶然鈴木が1箇所見つけましたのでその点についてはお電話にてお尋ねしました)。

2.ネイティブ担当者に対しては、「てにをは」で終わらないロジックの変更等お客様にお知らせした方がよい部分にはコメントをつけるよう指示しました。英語のコメントはそれであり、下に黄色の網掛けで書いた日本語は鈴木によるコメントの解説または翻訳です。

3.以下大変僭越ながら、また「釈迦に説法」だということは承知で、本件の業務を踏まえての感想を申し上げます。

(1)翻訳会社側は貴社からの受注において「翻訳した後の資料は、誰に向けて書かれた、どういう趣旨の文書なのか?」について確認したでしょうか?そのためにどういう人員を揃え、どういう体制で翻訳をし、そのためにどれだけのコストがかかるかを貴社に説明したでしょうか?ここは大変重要なポイントだと思います。

(2)本件の元々の英文は「英語の得意な日本人が、日本語に即して英作文を行い、それに対してネイティブ・スピーカーが内容を吟味することなく"てにをは"のチェック(冠詞や定冠詞のチェック)のみを行った英語だと思います。その意味では、元の英文は「日本語で作成した資料を参考までに英語にしてみた」英文というのがほぼ適切な評価ではないかと思われます。

(3)一方、私が推測するに、本件は「貴社のCSRの方針や体制について、外国の投資家やお客様向けに説明するための資料である」と思います。もしそうだとするならば、大変遺憾ながら、本件の元の英文はその水準には達していなかったと判断します。

(4)先ほどのお電話でも申し上げましたが、本件のような案件は、例えば「売掛金→Account receivable」のような自動的に言葉を入れ替えるような翻訳とは次元が違うと思います。「外国人(投資家)が英語でこれを読んだ時に、元々日本語で表現しようとしていた意図(メッセージ)が正確に伝わっているのか?」という視点がどうしても必要です。またこの発想は元々の日本語原稿を作る場合にもあてはまります。「この考え方はグローバルな視点から見た時に受け入れられるのか?」という視点で作って行かないと、単に日本の国内だけで曖昧に通じるマスターベーションのような空虚なメッセージの羅列になる可能性があります。

(4)上のような点は、特に貴社のキャッチフレーズのようなものを英語にする場合に必要とされます。日本語でキャッチフレーズを決めてそれを英語に翻訳するのではなくて、日本語のキャッチフレーズを決めると同じプロセスの中でそれを英語で表現するとどうなるのか?あるいはそもそも日本語ではそのキャッチフレーズでは良いとしても、英語では全く異なるキャッチフレーズにしなくてよいのか?といった検討も必要担ってくると思います。

(5)CSRはコンセプトが最も重要だと思います。日本独特のCSRもあるかもしれませんが、この考え方がそもそも外国からの輸入物である以上、まずはGlobal StandardなCSRの観点から貴社の日本語文書を検討し直し、日本語そのものを直していく。その後に同じメッセージを伝える英語を作って行くプロセスが必要になってくるのではないでしょうか?

(6)もしそのようなプロセスを取られるのであれば、本件の元の英文は(大変皮肉な話ですが)、日本語に引っ張られ過ぎであるが故に一層、英語の視点から日本語の資料の適否を検討するための実に有益な資料になると思います。

(7)上記に述べた一般的なコメントの具体例が各文書のコメントに記してあります。日本語で解説しておりますので、ご不明な点、ご質問等ございます場合にはどうぞいつでもご連絡ください。

以上よろしくお願い申し上げます。

(引用終わり)