金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

翻訳について語ることの難しさ

この記事について思ったことを二つ。

①(以下引用)A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office ー a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. He’d be gone seven months later.

鳩山氏はやりにくい面はあるものの感じの良いおかただが、当時の日本は三年のうちに首相が何度も交替し、鳩山氏で四人目、わたしが就任してからも二人目という状況だった――それまでの十年間、硬直し迷走してきた日本の政治が、その状況にはよく顕れていた。

*Obama, Barack. A Promised Land (p.477). Crown. Kindle 版.(ここまで)

(コメント)わざわざ翻訳の問題を扱ってるんだから、 He’d be gone seven months later.(彼は7カ月後に政権の座を去ることになる)まで訳して欲しかった。あるいはこの文を原文に入れるべきではなかったと思います。

②2つの続いた段落について
(以下引用)
翻訳というのは、「字面を訳すだけでなく、原文を深く読みこみ、深い意図を訳出することである」という一般認識がある。間違ってはいないのだけど、ひとつだけ注意してほしいことがある。深く読み、筆者の意図や言外のニュアンスを汲みとるのは重要だが、その筆者が言っていないことまで訳文に盛り込むのは、ご法度であるとわたしは考える。(ここまで)

ここまでは「その筆者が言っていないことまで」を「その筆者が言おうとしていないことまで」と理解すればよく分かるし、僕もそう思う。訳文として表出するかどうかは、ソース言語(原文)とターゲット言語(訳文)の文化的背景の違いによると思う(文芸とノンフィクションで違いはあるかもしれない)。訳文の読者を、なるべく原文の読者と同じ理解にさせるために、原文には現れていないことを訳文で書くことはあるし、原文に書かれていることを、あえて日本語としては表現しないことはあるからだ。

(以下、上の次の段落の引用)

今回も、オバマ氏の回顧録をもう少し読み、さらに当時の日米間の問題にも鑑みれば、鳩山氏と当時の日本政治にオバマ氏が不満や不信を抱いていたことはうかがえる。しかしだからといって、原文に書いていないのに、「オバマ氏は鳩山氏を酷評した」と訳したり、「鳩山氏を(感じは良いが)やっかいな相手と思っていた」とニュアンスをすり替えたりするのは、翻訳の倫理にもとることである。(ここまで)

(コメント)その通り。ただ、筆者が言わなかった、あるいは言おうとしなかったことを訳文に表現するのは、誤訳であって、そもそもしてはいけない当然のこと。

そう考えると、この二つの段落は段落としてつながっていないのではない、というかただ同じことを言っているだけにすぎないのではないか。

「翻訳の倫理にもとることである」どころか、誤訳なのだから「そもそも駄目」なのだ。

翻訳の件を取り上げていただいたのは同業として嬉しいし、面白い記事でした。また基本的な理解の確認にとってよかった思う。

ただ、①翻訳のことを扱うのだから、原文と訳文の範囲にはことさら慎重になってほしかった。②二つの段落は、ただ一つのこと「誤訳は駄目」と言っているに過ぎない。

「メディアの方も急いでいたんでしょう。前大統領の言葉なのでもう少し丁寧に訳すべきだった」という指摘にとどまるのではなかったかしら。それと、「誤訳」と同様「訳抜け」にも十分注意しましょう、ということかな。

オバマ氏は鳩山氏を「感じ良いが厄介な同僚」と思ってた? 回顧録報道の和訳に疑問(鴻巣友季子) - 個人 - Yahoo!ニュース