(以下は「マッチ率で割引を要請された場合、どう対処すればよいか?」というNさんからご質問に対する回答である)。
僕のTM(翻訳メモリ)の使い方はかなり少数派らしい、ということをまずお断りします。僕は自分の過去訳のパターンを見るためだけに使っていて、支給されたTMを使って翻訳をした経験がほぼないのです。
いや、正確に言いますと、実は翻訳メモリを支給され、マッチ率に応じて翻訳単価を割り引くという仕事のオファーを受けたことはありますが、その仕事を受注したことはありません。翻訳メモリを支給され、私がそこで比較的マッチ率の高いものを「参考として使い、支給されたものを書き換える」ことを条件に仕事を受けたことはあります(割引なし)。なお、僕の専門分野は金融です。
その仕事を受けた時は、支給される翻訳メモリは「用語集」「言い回し集」として使わせてもらうというスタンスでした。つまり、原文に翻訳メモリとまったく同じ英語表現があって、それに対応する支給された日本語表現をそこの箇所に使うことが適当だと僕が判断した場合に限って使う、ということです。
さらに、そもそも、例えばbookは「本」という用語集が支給されたからといって、bookが出てくるたびに「本」と訳すかどうかはわからないわけ。「それ」かもしれないし「あれ」かもしれないし、訳さないかもしれない。そういったことを考えた上で最終的に「本」という名詞を訳語になる場合もあるでしょう。しかしそれを決めるのは翻訳会社ではなく僕なのだから、たまたま「bookは本」というTMが支給されて原文にbookがあったからと言って割り引きされるいわれはないわけです。
ではたとえば、
This is a book. は前後関係や前の言葉遣いその他諸々がどう変わっても、どんなに不自然でも「これは本である」とするルールを翻訳会社が決めて、This is a table. のtable部分だけを訳してください、マッチ率は75%ですので75%割り引きますので、と言ってきたら?
僕の答えはタダ一つ。
「お前が社内でやれよ」
・・・・・とやんわりと言うわけです。
Nさんのお付き合いになっている翻訳会社が「安くするためには手を抜いてもいい」と思っているような感じをもし抱かれたのなら、ほかのご商売との関係もあると思いますが、なるべく早くその会社とは縁を切った方が良いと思います。
もちろん、「言うは易く行うは難し」です。どこかの会社と縁を切って収入を維持するためには、別の会社とのご縁をつくる必要があるわけで、それはそれで大変だとは思うのですが、
そこで負けたら自分の翻訳がおかしくなる(レべルが間違いなく落ちる)
そう思って歯を食いしばってその方向に進まれるのがよいかと思います(だから、まず新しい翻訳会社のトライアルを受けまくって受かってから縁を切ってもよいとおもう)。
この世の中にはヘンな会社もあるかもしれないが、良心的な会社もいくつもあります。たとえば私がもう10年以上付き合っているある翻訳会社の場合、和英翻訳では日本人翻訳者を一切使わない方針を採っていますし、翻訳メモリも使っていません。
トライアルを受ける段階では分からないけれども、付き合いが始まると分かってくるのではないかなあ。