金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

翻訳とは、深い読書―村井章子さんの講演会に参加して

8月4日、村井章子さんの講演会に参加した。

3月に朝日カルチャーセンターで行われた講演に続き2回目となったが、講演会、その後の宴会もとても実りのある、濃縮ジュースのような半日だった。昨日改めてメモった内容を簡単に記しておく(重なる部分もあるかも・・・。

・翻訳とは、深い読書(一語一句のすべてを理解する/一つ一つのパーツの位置づけを把握する/英語で語られている抽象的な表現は、具体的に何を意味しているのかをよく考える)に基づいて、その内容を日本語で書く作業。・翻訳は、翻訳者による解釈の押しつけである。だから責任が重い。

・自分が原文を理解した後は、そこで説明されている事柄について、読者の思考を妨げないような書き方で、できれば一読してわかるように訳すのが(少なくともノンフィクション)翻訳者の役割だと考えている。

・翻訳書を訳すときは、まず目次、次に前書き、最終章を読んでから訳し始める(あとは訳しながら読んでいく)。ただし、パラグラフ単位ではまず読んでから、訳している。

・読み、(ノンフィクション)翻訳者が『この言葉の意味は・・・主語はどれで・・・目的語は、・・・文型は;・・・』と考え始めたらその時点で「自分はこの英文を分かっていない」と思った方がよい。

・質の良い英文(古典のような)の特徴:同じパラグラフの中では
① 代名詞は常に同じ物を指す(同じ代名詞が他の物を指すことはない)
② Butはそのパラグラフの中の主張に対する反論。したがって前の文章に対して順接になることがある。

・辞書とは、「これまでうまく言った訳語を集めたもの」にすぎず、今自分が目の前にしている語の訳語を保証するものではない。

・日本語は、英語に比べ主語と述語の位置の自由度が高い。したがって英語の語順にとらわれず(ついとらわれてしまう)、日本語として最も自然な語順を選択するように心がける(本多勝一本が参考になる)。

・基本1500語に占める形容詞の割合は、英語が16%、日本語は4%。そのことを知っておく。

・無生物主語について:経験的には「彼との出会いが私を変えた」など、人間に関係のある無生物主語はそれを日本語にしても不自然ではなさそうだ、という印象(基本は何が言いたいかを突き詰めること)。

・「しばしば」禁止、「少なくとも」禁止を原則としている。また自分の口癖は(村井さんの場合は「そもそも」)訳した後に検索をかけ、多すぎないかをチェックしている。

・日本語に敏感になれ。それは何かを読んで、というよりも、日頃目にする日本語(例えば電車のつり革広告)を見ながら「自然?不自然?それ言う?言わない?」を考え続けること。

・英語にはダッシュ(―)付きで引用句が入ることがあるが、私(村井)は日本語の文章の合間に入れるのは好まず、文章の最後にダッシュをつけて引用句を訳すようにしている。

・福田 恆存訳の『老人と海』を目標にしている。

以上は翻訳がらみで、その後の質疑応答で私が「生活パターンを教えてください」と尋ねたところ、

・朝9時ぐらいから夜8時ぐらいまで、気分転換にピアノを弾いたりネギを刻んだりする以外はずっと翻訳。「3食全部パソコンの前で食べることもあります」と。

・休みは決まっていない。宴会で「この1カ月で休まれた日数は?」と尋ねたら「ゼロ」。「この3カ月では?」に対しては「初孫が生まれたので5月に数日休んだ後は、ゼロ」でした。僕は自分の質問に対するご回答でかなりホッとしたし、何よりもあれだけの大家である村井さんの飾らない、偉ぶらない、謙虚なお話しぶりには改めて感銘を受けた。その姿勢は宴会の時もまったく同じで、ほとんどの皆さんが名刺交換をされ、お話しする機会があったはずだけど、お話しされた皆さんも僕と同じように感じられたのではないかなあ。

いや~ホントに、講演会の2時間40分、宴会の2時間があっという間に過ぎました。 

(追記)昨日、村井さんが引用された(「こういうことを言っているのは日本で村井章子が最初かと思っていたら、いらっしゃったんです。前に・・・」と言ってご紹介された)森鴎外の文章はこれだと思います。

(以下引用)
総てこの頃の私の翻訳はすべてさうであるが、私は「作者が此場合に此意味の事を日本語で言ふとしたら、どう言ふだろうか」と思って見て、その時心に浮び口に上った儘を書くに過ぎない。
(引用終わり)「譯本フアウストに就いて」森鴎外(1913年)『日本の翻訳論』p190

https://www.amazon.co.jp/dp/4588436163

 

(さらに追記)森鴎外の上の文章、青空文庫にありました。

森鴎外 訳本ファウストについて