金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「翻訳は基本的に原作に隷属すべき」6月29日に出会った言葉

(1)2019年6月29日  ·
「翻訳は基本的に原作に隷属すべき」であり、事象を足したり引いたりせず、取りこぼしを少なく、という著者の潔さが印象的だ。
(「精緻でしなやか 余白を掬う」『井上陽水訳詩集』西崎文子 本日付朝日新聞

(2)2018年6月29日  
ある日、伊藤先生の授業が始まった数分後、前の方の空席にすわっていた「もぐり」の生徒を、休憩から戻ってきたその席の正規の生徒がどかせようとしていました。眉をひそめてそれを見ていた伊藤先生は、そこでもぐりではなく、正規のほうの生徒にむかって「おい、きみが出ていけ」と一喝したあと、こうおっしゃいました。
「予備校側は、たしかにきみたちの席を用意している。お金を払ったきみたちには、その席にすわる権利がある。でも、それは授業がはじまるまでだ。始業のベルが鳴った瞬間、その席に着いていない人間の権利は消滅する」
(『文芸翻訳教室』越前敏弥著、研究社、p72より)
*僕も1年間伊藤先生の授業を受けていたので、これに似たシーンは何度か目撃しています。当時の駿台(僕が在籍したのは1979~80年)の英語科は、鈴木長十先生(『700選』の著者)から伊藤先生への禅譲期で、伊藤先生以外では奥井潔先生(伊藤先生を駿台に紹介した方)、表三郎先生など学生たちに圧倒的な人気を誇る先生方の群雄割拠の時代だったと思う。
  上のエピソード、遅刻した学生に対して先生のおっしゃったことは正しいとして、しかしだからといって「もぐり」の生徒の権利が始業とともに発生するわけではないだろう、という突っ込みはあり得る。ただし当時は正規の学生も自分が他の授業では「もぐり」(非正規)になる場合もあるので、学生間で「もぐり」学生には寛容だったし、いつぞやは奥井潔先生の授業中に学務課の職員が「学生証点検をします!」(こういうのが時たまあった)と「もぐり学生」の追い出しを図ろうとしたときに、奥井先生が「ま、いいじゃないの」。一瞬の静寂後に大拍手。(学務課の職員に対して)「出―てーけ、出ーてーけ!」の大合唱になったこともありました。ちなみに僕は奥井先生の授業を全部録音し、その奥の深い雑談部分だけを編集したテープを作ったのがよい思い出です。ちなみに当時から今も駿台で講師を務めておられるのが物理の山本義隆先生。東大全共闘の議長だった方ですわ。とにかく当時の駿台はスゴカッタ。