某翻訳会社との取引が6年ぶりに復活した。
この6年間、その担当者の方は1~2カ月に1度は案件を僕に打診してきた。
やり取りはいつもこう。メールの時も電話の時もある。
「スズキサーン、〇〇ワードで明日(明後日、3日後)どうですか?」(アメリカ人(orカナダ人)なので、電話は日本語、メールは英語である)。
「す、スマン今は忙しい。次回!!」
「了解です。また行きますね」
「いつもゴメンな」
「大丈夫で~す!!」
いつもいつもこんな調子。そして彼女はいつも明るい。一方、僕の方は純粋に忙しかったし、レートの高いソースクライアントを優先させていたという事情もある。
「〇〇さん、今の今連絡くれて明日までと言われても無理なのよ。それと毎月〇日から〇日、◆日~◆日は定期案件があるので受けられないのさー」「は~いわかりました」
とか何とか言いながらそういうスケジュールは無視して連絡きていた(いちいち僕のスケジュールなんか覚えているはずないんだから、そりゃ無理はないわね)。
普通ならコンタクトしなくなると思う。僕ならそうする。
僕が尊敬するある出版翻訳者の方は、元々実務翻訳だったが、出版に力を入れるようになって「しばらく断っていたらそのうち実務なくなっちゃったわよ」と仰っていた。2,3回打診して仕事を受けてくれなかったら連絡先リストから外すと思う。それが人情だしビジネスの常識だと思う。
・・・ところが彼女は諦めなかった。何しろあんた、僕はずーーーーーーっと断り続けたんですから。毎回毎回、ノーと言うと、「大丈夫ですよ、またお願いします!」と対応してくれていたのである。そのうち僕の方も「いつも断って悪いな~」という気持ちも芽生え始めていました。
そして、そんな関係が続いているうちに、僕の方の状況も少しずつ変わってきた。ここ5~6年、飜訳会社からの打診があるたびに「忙しい」と断っているうちに打診はなくなってきたし、契約更新日の連絡がくると「更新しません」と対応しているうちに翻訳会社からの受注はどんどん減っていき、確かこの2年では1社程度。この1年ぐらいは毎月請求書を送っている会社3社はすべてソースクライアント。請求書を送らなくてよい先が1社。あとは書籍の仕掛かり案件が3件(別に売れっ子翻訳家みたいに何冊もたまっているわけではありません)。2008年のJTF講演会で「毎月請求書を送る先は現在10~12社。5社を切ったら新規外交!」と威勢よく言っていた自分が信じられないくらいである。
ところがここ数年は子どもたちも大きくなってあくせくする必要もなくなり、正直言って少しゆっくりしたいという気持ちもあって、ソースクライアントへの新規外交をもう何年もやっていない。
たまたま先月から今月にかけて書籍の仕事が重なってそれに時間を取られ、ソースクライアントからの依頼も幾つか断っていたその「すき間」に電話を受けたって感じかな。
「ハ~イスズキさん、今回は納期までの余裕ありますよ。いかが?」
お、結構面白そう。しかも日数もある。これなら書籍や定期案件の合間にも何とかなりそう。
で、とうとう受けまして、今日納品しました。で、調べたら6年ぶりの受注だった。
一つビックリしたのは、メールのやりとりでccに入っている3人のメンバーが全員「まだいた」ということじゃないかな。実はこの人たちと7~8年ぐらい前に夕食を採ったことがあるのです(確か、ごちそうしてもらった)。当時全員の方が社歴数年だったんじゃないかな。ということは全員少なくとも10年選手のはず。お一人だけ定年退職されたとか。
外資系の飜訳会社で社員の定着率がこれだけ長いってことは、きっと「と~ってもよい、というか働きやすい職場」ではないかなあと思いながら仕事をしました。
そうそう、納品が終わってから尋ねましたよ。
「僕の条件いくらでしたっけ?」
「〇〇円です」。
どんな仕事でも、何がなくてもまず条件を尋ねるこの俺様が、納品後に条件を聞いたなんて、それこそ10数年ぶりではないだろうか。でもそれが自然だったんだ。
そしてその条件はソースクライアントに比べりゃ当然安かった。でもそういう問題じゃない。長いなが~い間に少しずつたまり積もっていた彼女に対する借りをほんの少し返せたような気がしてホッとしたし、仕事の合間のやり取りも気持ちよく、とてもすがすがしい気持ちで仕事ができて嬉しかったです。
何しろ6年ぶりなんでシステムも何も皆新しくなっているらしいが、ここからちょっと忙しくなるので、再登録プロセスは今週後半に行うと伝えました。
こういう「始まり方」もあるってことで。