金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

損得勘定

出会った言葉:

自分のなかのよきものを育てたいと思えば、ソントクのある関係からは離れていたほうがよいのです。  上野千鶴子
鷲田清一 「折々のことば」本日付朝日新聞

この言葉の後に、鷲田さんの解説で「人を損得で値踏みしていると、視線はブーメランのように舞い戻ってきて、自分をも値踏みの中でしか認められなくなる」と続く。

素晴らしい言葉なんだけど、残念ながらこれは損得ずくとは無縁の立場にいる、今のような地位と名声を得た上野さんのような方にしか語れない気がする。よほどの天才か幸運に恵まれていない限り、若いうちから損得に超然としていられる人はほとんどいないのではないか。

フリーランスになるってことは、特に若い頃は、頭のてっぺんから爪の先まで一日24時間損得勘定の中に身を置くということで、そういう覚悟がないと無理だ、というのが実感だ。僕は独立直後、こいつと話すと自分にとって損か得か、とまではさすがに考えなかったし、自分の方針として、知人友人に仕事の紹介を依頼することはなかったけれども、仕事が軌道に乗るまでは友人との会食の時間もコスト計算していた。

損得以外の時間や場所を作っておくことは大切だと思う(たとえば家族との時間を大切にするなど)。ただ若い頃は相対的にそういうことに時間や気持ちを注ぐ余裕がないということ。僕の場合は損得を考えずに何かをする割合が大きくなってきたのはここ2、3年ではないかな。

その意味では、今の僕にはこの言葉はよくわかるし、自分として目指して行きたい生き方だ。しかし若い人へのアドバイスとしてはどうなのだろう?

いやちょっと待て。

ここまでを書いた後、先日NHKで見た「伊東四朗 83歳 障害、いち喜劇役者」の伊東さんの言葉を思い出した。彼はこう言っていたのだ(以下、僕の記憶に基づく発言です)。

「手を抜いたら損するよ。誰が見ているかわからないのだから」

と言っていた。「どんな仕事も誠心誠意やる」とも。

伊東さんはてんぷくトリオでお笑いばかりやっていたのに、ある時からシリアスなドラマや映画に突然起用されるようになったと言う。「なんで俺なの?イトウという名前の役者はたくさんいる。何かの間違いではないか?」と思ったそうです。そうやって仕事をしていくときに、「どこで誰が見ているか分からない」という確信を抱くようになったとのこと。だから彼の若手芸人/訳者へのアドバイスは、今の仕事で手を抜くな、ということだそう。

これって損得勘定だよね。それでいいんだと。

でも、「目先の損得勘定に惑わされず誠実にやれ。それで結局自分は得するのだから」

ということではないか。上野さんの言葉も

「自分のなかのよきものを育てたいと思えば、目先のソントクのある関係からは離れていたほうがよいのです。」

と読み替えれば納得がいく。

書き起こしとは結論が違うようだが、この結論が今の自分には最もヒットするようです。

独立したばかりの20年前を振り返ってそう思った。

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