金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「 人間の本性は「処罰されない」ことが保証されている環境でどうふるまうかによって可視化される」:出会った言葉(2年~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(56)

  人間の本性は「処罰されない」ことが保証されている環境でどうふるまうかによって可視化されるということである。
(2019年9月5日付『週刊ポスト』問題について] 内田樹氏のブログから)
*今の世の中の動きへのこの方の見方にズシンと共感する。もう一人、僕自身と「全くズレていないな」という視点をお持ちの書き手は小田嶋隆さん。こういう真っ当な人たちは少数派になってほしくない。
下のURLで全部読めますが、この段落だけ最後までコピペします。
(以下引用)
「今ここでは何をしても誰にも咎められることがない」とわかった時に、人がどれほど利己的になるか、どれほど残酷になれるか、どれほど卑劣になれるか、私は経験的に知っている。そして、そういう局面でどうふるまったかを私は忘れない。それがその人間の「正味」の人間性だと思うからである。
 平時では穏やかで、ほとんど卑屈なように見えていた人間が、「何をしても咎められない」状況に身を置いた瞬間に別人になって、人を怒鳴りつけたり、恥をかかせたりという仕事にいきなり熱心になるということを私は何度も見て来た。「そういう人間」の数はみなさんが思っているよりずっと多い。そして、彼らがどれほど「ひどい人間」に変貌するかは、平時においてはまずわからないのである。
 だから、私は人間を簡単に「咎められない」環境に置かない方がいいと思っている。できるだけ、法律や常識や「世間の目」などが働いていて、簡単にはおのれの攻撃性や卑劣さを露出させることができない環境を整備する方がいいと思っている。(引用ここまで)

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(2)3年前の今日
……なぜ音楽家は昔の哲学書を紐解くのか。なぜ生物学者(注:筆者)は時間論が気になるのか。……
それはAI的思考全盛時代の今こそ、人間にできて、機械には決してできないことをきちんと見極めておく必要があると思うからだ。機械は延長を欠いた一点としての現在しか捉えられないが、人間の知性は違う。現在を点ではなく、未来と過去を同時に含んだ空間として考えることができる。その厚みの中に、希望や悔恨や選択が、つまり心の動きが生まれる。
(「福岡伸一動的平衡」2018年9月6日付朝日新聞

(3)4年前の今日
楽して未知の世界はこじ開けられない。
(2017年9月6日付朝日新聞「折々のことば」より)

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