金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「気は相手に分からないように使うもんや」:出会った言葉(昨年~4年前の今日、FBお友だち限り投稿への書き込みより)(137)

(1)昨年の今日
国民の代わりに政治をしている人たちが、国民に対して不正確な言葉を使っているのであれば、その言葉をつるし上げるのは、もはや国民の責務ではないかとさえ思う。武田砂鉄
小田嶋隆著、武田砂鉄撰『災間の唄』(株式会社サイゾー

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(2)2年前の今日
「気は相手に分からないように使うもんや」
私の履歴書 澤部肇(TDK元会長) 「大歳学校 日曜にマンツーマン指導 数字より大切な『心』教わる」 2019年12月10日付 日本経済新聞
*昨日と同じ回の「私の履歴書」から。正直言ってこれは僕には難しいと思った。多分僕は誰かに何かをしてあげたとき「ありがとう」の言葉を待つタイプの人間だから(恥)。

最近アメリカ政界で流行っている言葉で言えば、quid pro quoをどこかで期待しているわけだ。それだけ人間修行ができていないということを反省とともに自覚する。もっとも、世の中には「私はあんたに気を遣っているのだ」と親切の押し売りのごとくそのことをわざわざ表明する人もいてこれは醜いと思うけれども(なお余談だが、『難訳・和英語感辞典』松本道弘著(さくら舎)はquid pro quoを「魚心あれば水心」と訳していた(同書p44)。さすが)。

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(3)3年前の今日
「成功とは情熱を失わずに失敗を重ね続けること」。リンカーン
(「人生の「壁」偉人はどうした? 生き方・名言から学ぶ」2018年12月12日付日本経済新聞

(4)4年前の今日
2年半前、米国で「自動車の排気ガス有機成分を90%減らせ」というマスキー法ができたときも、「不可能だ」とはげしい反対が起きた。このときの立案者、マスキー上院議員の答えがいい。「基準とは、必要とされるコントロールがどの程度かをいうのであって、現在手にしている技術の程度であってはならない」。
(1973年4月14日「技術の役割」『続 深代淳郎の天声人語』p34)

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