金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

小説家と翻訳家②

(以下引用)
翻訳家と小説家の間には多少の違いがあるように思う。翻訳家には様々な文体を自由に使いこなし、訳す作品に応じて文体を選ぶことのできる人も多いが、小説家の場合はいろいろな文体を知っていても、それを道具として選ぶことができない。文体が勝手に押しかけてきて、しかも書いているうちに暴れ出すこともある。この特集(鈴木注:『群像』2012年11月号の「群像文体練習」by穂村弘鴻巣友季子福永信じ)でも、文体について一番考えていそうな福永さんが、文体については考えたことがない、と発言しているのが興味深いし、納得できる。
(引用ここまで。多和田葉子著『言葉と歩く日記』P73)

 『言葉と歩く日記』は図書館で借りた本を「借りつないで」(要するに期限が来るとまた借りて)来ていたのですが、やはり本当に良い本だと思ったので、最近お気に入りのヴィレッジ・ヴァンガードで注文して入手。おかげさまで本を読みながら気に入った箇所に赤線を引けるようになりました。珠玉の名言集。とはいえ構えた文章集ではない。「日記」とあるように多和田さんは日々思ったことを素直に書き綴っているだけだと思うのですが。言葉(主に日本語)に対する(彼女からみたら)素朴な問題意識がキラリと光るというか、胸に刺さるというか。本当に素晴らしい本を購入した。ゆっくり味わいながら読み進めます(これまでもそうだったんですが、自分の物になったらなおさらそう思う)。

今の引用箇所を昨日読んでアマゾンで検索してみたら中古で1200円程度で買え、昨日、10年前の発行とは思えないほど綺麗な本が届いた(きっと買った人は読んでなかったのかも)。
こういうところがアマゾンの良さだね。

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