金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

実務翻訳者の甘え?

某出版社に電話する。2月に脱稿した原稿がどうなったのだろう?とちらと不安になったから。

僕の所に来る本は期間制限の甘いものが多い。というか「本職が実務翻訳なので半年から1年ぐらい見てもらう必要があります」と出版社の方に言いまくっているせいもあって「3ヶ月以内に是非!」なーんてのは来ない・・・て話を僕が最も尊敬する翻訳者であるMさんに話したら

「そりゃ来ないわよ」

とあっさり言われた。彼女はあの『国家は破綻する』(原著388ページ、訳本600ページ)を5ヶ月で訳したのだ。とはいえ「あたしのペースは1日2ページが基本」。であれだけ完成度の高い翻訳をされているのだから僕なぞ足元にも及ばない。唯一例外が昨年の今頃、「22万ワードをなるべく早く!5ヶ月ぐらいで」これはさすがにお断りしました。

「良い本をじっくりつくる」と言えば聞こえが良いが、逆に言えば私が訳すものは出版社にとってそれほど優先度が高くないものなのなのだろう・・・と自虐史観に陥ったりもする。元々脱稿した時に「4月ぐらいからコメントさせてください」と言われていたのだが、もう4月末。今度はいよいよボツか、いやそんなはずはない。あれは「この本鈴木さんに合いそうだからいかがですか?」と打診を受けた本で、しかも内容も相当良質の訳しがいのある本だったぞと自分を励ましてダイヤルを回す(スマホ時代にこういう表現はもう使えませんな)。

「スミマセン。5月ぐらいからということでお願いします・・・どうもスミマセン。鈴木さんのようにキッチリ仕事をされる方からするとスケジュール管理がだらしなくて・・・」元々は1月末に脱稿という約束を1ヶ月も遅れたのは僕なのだが、それでも彼の基準だと「キッチリ」なのかあ、と思いつつ「はあ・・・僕としては540時間が生きていたのでホッとしました」「先日ロンドンに行った時もこの系統かなり関心が高いですよ」「そうですか」「じっくり行きましょう」なんとなくホッとする。まあいろいろある。

今朝の新聞、ピケティさんのエッセイは翻訳がまずいと思った。少なくとも経済の基本を知っている人が訳したと思えないなあ、と思いながら翻訳筋トレで

(原文)In what follows, we argue that this nearly universal focus on opaque calculations of bailout costs is both misguided and incomplete.
(訳文)次に述べる理由から、多くの研究で行われている救済コストの不可解な計算は正しい理解を妨げ、かつ不完全である。
(This time is different p164、『国家は破たんする』村井章子訳、日経BP社、p252)

金融の場合、どうしてもという決まり事の表現があってそれを使わなければダメ、という制約が(ほかの分野ほど大きくないかもしれないが)あるのでともすると表現がパターン化する(それが求められる場合もある)。その意味で、文脈にもよるけれどもmisguidedの訳は僕には新鮮だった。