FacebookとTwitterに「書き写しは短期的な効果、音読は長期的な効果がある」と呟いたところ、「具体的にどういうことですか?」というご質問をいただきましたので、翻訳ストレッチとの絡みで、原文と訳文の手書きでの書き写しについて書かせていただきます。以下は翻訳者としての私の実践内容と感想ですが、別に翻訳でなくても、日本語の書き写しでも同じような効果があるのではないか、と思います。ご参考まで。
(1)始めた時期、時間、量、ノートの使い方など
これまでも参考になりそうな英文と訳文をノートに書き写す作業は時々やっていたのですが、「翻訳ストレッチ」の記録を見ると、原文と訳文の書き写しを定期的に始めたのは昨年の4月9日からでした。
テキストは『帳簿の世界史』村井章子訳(文藝春秋)の原文と訳文です。途中までは音読していたのですが、どなたかがフェイスブックに「写経がよい」とお書きになっているのを見て僕もやってみようと決意。
せっかくだから1冊全部書き写そうと思ったので大学ノートを買い、1ページ目から始めました。『世紀の空売り』の原文/訳文の音読と1日置きに取り組んでいます。所要時間は5分程度。したがって、5分で書き写せるのは1回でせいぜい1文か2文です。それからほぼ10カ月。現在22ページですから、このペース(1回5分、1日置き)で書き写しを続けると15年ぐらいかかりそうな雰囲気です。
ノートは見開きで左のページの左端から右ページの右端までを「1ページ」と考えます。
最初は左のページを上から下まで。次に右ページへと移る普通の使い方をしていましたが、3カ月ほど前から「見開き」で書き写すようになりました。この方が改行が少ないので書き写ししやすいし、一覧性が広がっているような気がします。
書き写す方法は1行置きです。つまり1行目に英語、2行目は日本語というわけです。元々は1段落ごとにまとめて書いていましたが、5分しかないので、1段落写す前に時間がやってくる。現実的には1文がせいぜい。だったら、段落ではなく1行置きにしようと思ったわけです。
(2)何を書き写すか
村井章子さんの訳書は、原文と訳文の音読を10年以上続けています。もう7~8冊は読み終えています。彼女が自分の分野で最も尊敬する翻訳者だから僕はこの本にしていますが、皆さんはご自分でお好きな、あるいは手本にしたい方を選ばれればよいのではないでしょうか。
(3)どう書き写すか。
まず原文の一文だけを音読します。そして書き写します。その際、「書き写す対象の文をなるべく見ないで書くこと」を少し意識します。「少し」と書いたのは、文章を覚えることが目的ではないからです。次に訳文を書き写します。原文と訳文が一対一で対応しないところがあれば、適当に切りますが、その際は「どうしてかな?」と思うようにしています。
やるとわかりますけれど、僕の場合は、日本語の方が「一気に書き写す」量が多いです。新井紀子先生が、小学校の低学年の授業で、子どもたちが先生が黒板に書いた文章を「どの程度の頻度で見上げながら書き写ししているか」を見ると子どもたちの読解力がある程度わかる、とご著書に書いておられましたが(「書き写す(翻訳ストレッチの一方法)」http://tbest.hatenablog.com/entry/2019/10/14/115137)、まず英語を書き写し、次に日本語を書き写すとそのこと、つまり自分がいかに英語ができないかを実感します。
(4)ただ書き写すだけから得られる「効果」
手書き写しによる効果とは「翻訳がうまくなった」とか「トライアルに通った」という即物的なものではなく、「学びが実感できる」ということだと思います。
原文を手で書き写すだけでも、
①音読では、意識上では読み飛ばすことが多いが、書くと全部(三単現のsも、単数、複数も、定冠詞も冠詞も)書かなければならないので、こういった機能語を意識せざるを得ない。たとえばタイプは慣れてくると指が勝手に動くことが多いのですが、手は勝手に動かない、意識的な行為なので1キャラクターもおろそかにならない。訳文を写す時にも同じことが言えて、
②「そのまま」(漢字は漢字、ひらがなは平仮名)を書き写すので助詞は抜けないし、さらにそれと漢字の「開く」「閉じる」がはっきりわかる。これはワープロの自動変換がないことの効用だと思います。③訳文の場合は、「だ」「である」、句読点の使い方もはっきり意識します。(続く)