金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

訳文から見える違和感(2017年11月)

最近、必要があって同じ原文(マクロ経済の関するレポート)に対するいくつかの訳文を読む機会があった。審査というと偉そうだが、ちょっと見てくれません?と頼まれたわけです。

原文は読めている・・・と言っても私が普段訳している英文の地の部分はTOEICレベルなのでさほど難しくない。そこに何が起きているかもまずまず理解できている。ところが訳語と訳文が今ひとつピンとこない箇所が何カ所かあった。

原文が読めていて、ルールもわかっているのに訳文がずれている・・・というのはどういうことかというと、例えば野球でいえば、ルールは知っているし、原文の意味も分かっている。ところが日本ではいつの頃からかストライクとボールの呼び方の順番が入れ替わっていたことを知らずに、「ツーストライク、スリーボール」と訳してしまうみたいな、ズレ(英語は元々、ボール、ストライクの順番だそうです。だから訳語だけが変わったことになる)。

この例は極端だけど、この仕事の難しさと面白さの一つは、時間とともに変わっていく(市場に関する用語は1~1年半ぐらいのタイムスパンで新しい用語がなじんでいく)言葉にどの程度追いつけるかではないかと思う。金融の、マクロ経済関連のレポートに関しては(ほかの分野もそうだと思うけれども)、日経新聞に日々目を通し、「モーニング・サテライト」をはじめとするテレビ東京系の経済番組の音に聞き耳を立てつつ、朝日新聞などの一般紙でその言葉がどこまで浸透しているか、を確認する、みたいな。こうしたことを日々続けていかないと、間違いなくズレる。

逆に言うと、訳文のちょっとした表現にその変化が見えないということはつまり、この仕事を最近請け負っていないと考えて良いだろう。それは断言できちゃう。

もっとも、ある言葉の変化を知らなかったことが単にそれだけで済む話なのか、氷山の一角なのかはその言葉のレベルにもよるし、ちょっとした違和感だけではわからないので、実際には職務履歴、翻訳履歴を出してもらったり、本人と直接面談したりということになるとは思う。今回の事例では、訳した人たちは実務経験もあるので訳す分野についての土地勘はある。僕の判定は、僕の感じた一部の違和感については「最近この手のものを訳していない」だけであって、慣れれば十分即戦力、というコメントを書いて出した。そこから先は僕の領分ではない。

では、先ほどの野球のたとえで言えば、もし「子どもの頃から野球大好きで・・・」と応募してきた翻訳志望者が「さあ、カウントはツー・スリーです」と訳したら・・・

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