金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

本当の目利き ー 『ティール組織』(原著)を発見した人

今月初めにJ社Oさんをお食事にお誘いした。

 元々『ティール組織』の原書を発見し(著者は自分で作った出版社で原著を出しているので、ほぼ自費出版。したがって出版直後はほとんど注目されていなかった)、「鈴木さんどう?」と言ってくれた編集者だ。

Oさんは以前私が訳した書籍を担当され、「なかなか良い翻訳書の候補がなくて・・・」とおっしゃりながら、出版後も時々連絡をくれていた。2014年の『世界でいちばん大切にしたい会社』(ジョン・マッキー著、翔泳社)をお読みになり、僕に合うと思って提案してくれたのだ。

ちなみに『世界でいちばん大切にしたい会社』は、先頃アマゾンに買収されたホールフーズマーケットの創業社長ジョン・マッキーが

「人は食べないと生きられないが食べることが生きる目的ではない。ビジネスも同じだ。利益を上げなければ生き続けられないが、利益を上げること自体が目的のはずがない」

という考え方でアメリカで創業した会社の経営理念を解説した書籍だ。組織論ではなく経営論で、その基本的な思想は原著のタイトルに著されているとおりConscious Capitalism、つまり「意識の高い資本主義」。ただし各支店ではほぼ完全な自主経営[セルフ・マネジメント]が徹底されており、『ティール組織』内では多元型[グリーン]企業として紹介されている。

さて本書の原著Reinventing Organizationをザッと読んで感動し、この本はホールフーズマーケットの次の段階の組織について語った書だと確信した僕は、すぐにReading(査読)レポート10枚を気合いをいれて書いたのだが、Oさんの熱意にもかかわらずJ社の企画会議を通らず、二人で残念会をやったのが2015年の春。

 その時、あまりに悔しいので

「他社に持っていってもいいですか?」と切り出した。するとOさん、あっさりと

「どうぞどうぞ。僕も悔しいからこの本どこかで花を開かせてほしいです。ウチの社名さえ出さなければ」。

 との返事。

「どこだろう?」

「この手の良書をじっくり育てる姿勢を持っているのは英治出版さんだと思います」とこれもOさん。

ところが私はもちろんOさんも英治出版に何の伝手もなく、突然の電話もどうかと思ったのでホームページの「読者お問い合わせ」ページから「・・・こういう企画がありますが」というメールを送って今に繋がったわけだ。最初に連絡をくれたSさんがすぐに対応してくれて、メールを送った二週間後ぐらいにはゴーサインがでた。もちろん、応募の段階から「これは他社(社名は明かせません)の企画会議で落とされた案件です」と伝えてある。英治出版さんはそれを承知で検討し、結論をだしてくれたわけだ。最初に応対してくれたSさんがそのまま本書の編集担当になった。

「さすが英治出版さん。大英断です!!」とOさんは我がことのように喜んでくれた。

 それから二年半。いよいよ本も出たのでお礼の会をしたいと僕からOさんに申し入れた。Oさんが現在、さる超有名人の著書を手がけている関係で食事会は会社の近くの、Oさんの行きつけの店ですることになり。昨日午後6時に同社を訪ねた。

時間ちょうどに会社に着くと、Oさん社屋の外でソワソワと僕を待っていた。

 「鈴木さん、何度かメールをお送りしたんですが・・・実は紹介したい人がいます。もう出ちゃうんでちょっと急いでもらっていいですか?」

「あれ?」

実は僕はスマホの電源が切れていたので気がつかなかったのだ(恥)。

会議室に通されて「ちょっと待っててください」と慌てて出て行くOさん、二,三分すると若手のバリバリ陽性営業マンみたいな方が、

「なになに、O、新しい企画?・・・ああ、どうも編集部長のMです」

と私に気がついて名刺をくれる。Oさんは手に『ティール組織』の原書をお持ちだ。

この瞬間に、僕はシチュエーションと自分の役割を理解した。

「実はMさん、先週ある話題の翻訳書が出まして」とOさん。

役割が分かっている僕はすかさず鞄から『ティール組織』を取り出し、「スミマセン、これOさんへのプレゼントで、まさか部長にお会いできるとは思っていなかったものですから」と怖ず怖ずと差し出す。

「あー、これ見たぞ!紀伊國屋にもガンガン積んであった本じゃないか。英治出版さんね。日経新聞にも広告出てましたよね」
「そうです」とOさん。「実は原書がこれでして・・・」
と言ってこれまでの経緯の説明を始める。M部長は赴任して2年。現状は翻訳書は消極的だ、と聞いていた。

「・・・そして、これがその時鈴木さんが当社に提出された企画書(査読)です」

「う~ん・・・」と『ティール組織』と私のレポートを代わる代わる眺める部長。

「・・・まあ、そういうわけで鈴木さんに今日、これをお持ちいただいた次第です」
「前回Oさんと食事をさせていただいたのが、その企画会議を落ちたときでして、今日がそのお礼の会なんです」と合いの手を入れる僕。
「あ~、そうだったのかーーーー!」と部長。
「いや、何しろ当時の企画会議では『今は組織物は受けない。ましてや翻訳なんてもってのほか』と言うスタンスで・・・」と当時の社内事情を説明するOさん。
「そうだったんですか、O、お前も悔しかったろ」
「そりゃ、悔しかったです。そして、今はもちろん嬉しいですが、悔しい気持ちもあります・・・でも良かった」
「鈴木さん、私はいろいろな分野に目を広げ、広角打法のつもりなんですが、うまく絞り切れていないという悩みもありましてね・・・でもこういう本、さすが英治出版さんは長期に物を考えてるよなあ」
「実は私は本業が金融翻訳なので、出版翻訳にはなかなか時間を割けず、出版社の方とお会いしても、『本業があるので1冊訳すのに半年~1年ぐらいかかります』と言うと名刺交換した瞬間にどん引きされる編集者の方も多いのです」と僕。

こっちもせっかく編集部長に会えたので、「今後何かにつながるかもしれない。チャンスだ!」と思いつつも、できないことはできない(専業の出版翻訳者の方のように「3カ月に1冊なんて絶対無理」)という点ははっきり言っておかないと、という思惑も働く。

「それも分かります・・・しかし、本当にいい本、価値のある本を見きわめられれば時間がかかったって構わないわけです、なあO」うなずくOさん。
「僕は貴社の企画会議を落ちて英治出版さんに拾っていただいた話をいろいろな所で書いたり話したりしています。Oさんが『社名は出してくれるな』と仰ったので、約束は守っていますが、自費出版に近い形の本を見つけ出して『これしかない!』と三年前に気づいた話、企画会議を落ちた後に英治出版さんのご英断で出版が決まった経緯は、既に美談だと思います。その中で『いったいその目利きは誰なんだ?』『それは言えません』てな会話もあるぐらいで」

そしたらMさん。
「え~、お前そんなこと言ったの、O?」(「いや、当時は色々関係者もいまして」)・・・鈴木さん、名前出しちゃっていいですよ。どーんどん言っちゃって!こいつを売り出してやってください」

という思わぬ展開に。

その後お店まで行く道すがら、Oさんからは

「鈴木さん、鈴木さんを利用したみたいになっちゃってスミマセン。あの経緯僕一人で話すよりも、鈴木さんが証人になっていただいたので、おかげさまで部長の僕に対する評価もバッチリアップしたと思います。翻訳書の道も開けるかも。本当ありがとうございました!」

で、食事会は、僕が奢るはずが、超上機嫌のOさんが「鈴木さん、大丈夫大丈夫!」と結局僕は一銭も出さなかった。

おそらく日本でこの本を最初に見つけたのはOさんだ。なのに何の見返りも受けておられない。

何のお礼もできず、せめて食事でご恩返しをしたいと思っていたのだが、僕が行き、部長と会い、当時の話をしたことでこれほど喜んでいただけるとは思わなかったし、そう言ってもらえて嬉しかった。Oさんとの付き合いもかれこれ10年。数年前に一冊翻訳書をださせていただいて、次がこの『ティール組織』だった。これがきっかけでまた「一緒に仕事ができるといいですね」と言って別れた。

おそらく一生忘れられない、素敵な、素敵な夜でした。