金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

For Disclosure:『李下に冠』以前の問題

僕が理解できないのは、

首相直轄の国家戦略特区の対象として加計学園が申請してきたら、首相、閣僚および内閣府の職員は「自分はここの理事長とこういう関係にある」という情報開示を審査や検討に入る「前に」明確に宣言して、あるいは文書にして発表するのが当然だと思うのだが、なぜそれをしなかったのか?という点だ(森友学園の件であれば「首相は知らなかった」はあったかもしれない)。

その上で、首相あるいは閣僚であれば、「自分はこの会の議長である。しかしながらこの申請者の理事長とこういう親密な関係にあるので、本件に限って私は一切かかわらず、代わりに〇〇副首相に全面的に権限委譲する。情報も受けない」と宣言するはずなのだ。

こんなことは上場企業の役員だったら当然だし、例えば欧米の雑誌などを読むと、記者だって、たしかFor disclosureという前書きをつけて、「自分は〇〇年から〇〇年までこの会社から報酬を受けていたことがある」と書くのが常識だと思う。

内閣およびその周辺には上場企業の広報もいるし、外国留学帰りもいるから、当然そんなことを知っているはず。もっとハッキリ言おう。

小学生でもわかる理屈である。

それがなされていないのだとしたら(国会で後になってから追及されているということは、どうもそういうものはないらしい)、文書保存の問題と同じで、職務と利益相反、情報開示に関するルールが内閣にない、ということになり、これはこれでかなり重大かつ深刻な問題だと思う。

さらに次の点を指摘しておきたい。

①今回の国会で明らかになった森友学園加計学園、TBS元記者不逮捕問題の発覚とその後の経緯を見ていると、これらは、普通の常識ある人間が眺めたら、どこからどう見ても「依怙贔屓」に見える。

②安倍政権が「依怙贔屓ではない」、「公正だ」、「一点の曇りもない」と主張するのであれば、正々堂々と、第三者機関に調査させて野党の言い分が「言いがかりだ」と反証すればよい。それをしない以上、非常に怪しい。
野党がなぜ国会で首相に「李下に冠を正さず」の意味を(「そもそも」のついでに)辞書で調べよと言わなかったのか、僕は不思議である。

③ そして、そういう公私混同政権が、治安維持法を連想させるような法律を、そういう恐れが「ない」のならないという丁寧な説明をすることもなく、能力がなく、努力もしない無責任な法務大臣に担当させて、運用面の縛りもほとんどかけずに強行採決で通してしまったことに僕は心から怒りを覚えている。

「どうせバレな(い)」ければいいのか(2017年6月)

「最近 盛んに報道されているので、加計孝太郎氏と安倍首相の関係は承知している」(萩生田官房副長官

昔の政治家にも国民をバカにした奴はいたはず。そしてそういう奴は淘汰されていた(と信じたい)。

ただ、昔はそれ(国民をバカにしているの)が国民から見えなかった。

今は見えちゃう。ウソもすぐばれちゃう。

縦横斜め、過去から現在まで、あなたが言ったこと、したこと、あんた方が今していることがよ~く見えるようになった。

政治家は国家国民のために、やむを得ずウソをつかなけれならないこともあるだろう。世間にはそれを批判しつつも理解し、受け入れる度量はあると思う。
でも、自分の保身や自分のお友だちを利するためにウソをついちゃおしまいだ。政治家として、そして人として。

そして、「どうせバレない」と高をくくっている。
国民をバカにしている。本当は自分がバカなのに。
無能な人間が、私利私欲に基づいて国を動かし、国民を馬鹿にしている。
だから許せないんだ。
そして人はだれでも、自分がバカにされたことを忘れないものだ。

そのことを彼らは、たぶんわかっていない。

(後記)5年前の投稿ですが、甘かったな。彼らは「バレても平気だ」と思っている。そして「国民はそのうち忘れる」と。

馬鹿にしてると思います(2022年6月17日)。

加計学園問題への経済界のあるべきスタンス

「我々民間企業は、投資家、顧客、そして社会一般に対し、適時、適切、公平、迅速に情報を開示する、という重大な責務を担っている。
 
今国会の成り行きを見ると、事柄は一学校法人の許認可云々という卑小な問題ではない。
 
政府部内における政策決定プロセスと事実認定という、民間企業の情報開示姿勢の根幹にも密接に結びつく大半重要な争点なのであって、この点から事態の推移を大きな関心を持って見守りたい」
 
となんで言えないのかね? 
 

私は圧力を一切かけていない。

「私は圧力を一切かけていない。ただし、大変遺憾なことに、私の意向を曲げて忖度した一部役職員が関係各省庁に圧力をかけるという『行政を歪める』がごとき行為があった ― そう認めざるを得ない証言や文書の存在が明らかになっている。
 
もとより私にはそのような意図は毛頭なかったが、これらは、もし事実とすれば国民に対する大変な裏切り行為であり、そのような疑念を招いた私の責任は免れ得ない。内閣の長として国民の皆様に深くお詫びするとともに、各省庁で常日頃から誠実に職務に従事してきた大多数の職員諸君の志と意欲を奪う結果となったことは慚愧の念に耐えないと申し上げておきたい。
 
こうしたことを2度と繰り返さないため、本件を徹底的に調査した上で、我が国における意思決定プロセスの明確化、透明化、そして公平化を図るとともに、関係各部署における文書の保存方法等を抜本的に見直したい」
 
と言ってほしかった。
 

TOEICの性格(模試を1回受けての感想)

TOEIC 完全教本 新形式問題対応』

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のテスト1を、パートごとに時間を測って取り組み、採点し、復習を終えたところ。

とはいえ本番と同じではなく、毎日30~40分程度ずつ割いているので、「一気に通してやるのとは頭への負荷が全然違う」(息子の弁)は分かっております。

以下、パーツごとに一通り、1度だけ経験した者の思いついた今時点での感想を。

すでに一部書きましたが、TOEIC

(1)英語圏での生活/社会/ビジネス経験の豊富な人ほど有利
という感想は変わりません。おそらくここで言う「経験」には海外経験も含まれるはずで、自分が当事者じゃなくても、「あのシーンどこかで見たことある」「どこかで耳にしたことある」という経験を積んでいた、例えば帰国子女の方が圧倒的に有利だと思います。その意味ではウチの大学生の息子のように海外経験がなくて高得点を狙おうとすると、紙の上で疑似体験を広~く浅~くしなければならないので大変だと思う。

(2)TOEICには深みがない。
TOEICの(聴)読解力とはつまり、聴いて、読んで基本的な情報を読み取る能力。現代国語の読解力とは違う。昔やったGMATの読み取り能力よりははるかにレベルが低い。肌感覚で言えば、小学校高学年の社会科、あるいは中学校の現代社会?レベルの知識と読み取り力を試されているのではないかと思った。だから、TOEICである程度以上の点数(例えば900~950点以上?)を常に取る努力には意味があったとしても、満点を取る努力は、努力したほどの意味がない(単なる注意力テストになる可能性がある)(TOEICの先生になる人以外は)。

(3)特にリスニングには集中力がいる。
フッと気が抜けると聞きはぐって分からなくなることがありました。もっとも、ネイティブ並みの英語力があれば気が抜いていても耳が残っているとは思いますが。 

以上です。また感想は変わるかも知れませんが、今時点での正直な感想ということで。

TOEIC:日本語を介さないで英語を読み聴きしないと - 金融翻訳者の日記

「『知らぬが仏』のTOEIC」(初TOEIC受験記) - 金融翻訳者の日記

TOEIC模試を8割ほど受けての感想

ちょっと事情があって3日ほど前からTOEICテキストに取り組み始めた。と言っても本番通りの時間はとれないので、細切れに時間を計りながら受けています(毎晩、寝る前の30分ぐらいずつ)。

リスニングが終わって採点し、今はパート7の前半(200問中の170番)まで来たところでの印象を一言だけ述べておくと、

ことTOEICの点数に関する限り、大学生息子がどんなに頑張っても(いや、よほど異常な努力をしない限り)、彼が卒業するまでに僕が負けるはずがない。

ということでしょうか。

その理由は純粋な語学力というよりも、僕が社会人経験を30年以上しているから。

例えばリスニングで出てきたさまざまな「場面」。僕は少なくともこの1回分のリスニングテストについては、そのすべての場面とほぼ同じ状況を「当事者として」経験している。もちろん、ほとんどが日本語で、ですけれど。また、パート7の文章も(まだ終わってないけれど)、これらとほぼ同じ内容の文章を、これまでの自分の仕事や生活体験の「どこかで」見ている。

この経験値は強い。

社会経験(または生活経験)の乏しい人間が、TOEICの点数を上げるためにいたずらに問題数をこなして擬似的な経験を増やしても、実際経験してきちゃった人間には適わないだろう。

そう思ったわけですね。

もっとも、これはたった1回の模擬テストの、しかも全部は終わっていない人間の今時点での感想で、こんな大口を叩いていられるのも今のうち、数カ月先には白旗挙げているかもしれませんが。

とりあえず今段階での肌感覚をここに記しておきます。

『英語力はメンタルで決まる』

英語の勉強をもりもりやる気になる本。

 

「お前にいいんじゃないか?」とTOEICに燃えている次男に紹介しようとしたら、「今日ちょうど本屋で立ち読みしてきたところだ」というので、元々読もうと思っていたし、立ち読みで終わったら美野さん(本書の編集者で『翻訳家のおしごと』の編集者)に申し訳ないので購入して「お前先に読んでいいよ」と言って渡した。

 

30分で「読み終わった」「速いな」と言ったら、「実は本屋で後半を読み終えていた」とのこと。

 

とてもとても面白い本です。学生さんや英語を学ぼうと思っているビジネスマンにピッタリ。

 

ただし。

 

私もそうだけど、勉強法や心構えについていろいろと「確認」できるし、初心忘れずの心境に戻るにはよい刺激剤になるものの、英語で仕事をしている人には「いつかどこかで通った道」で、新しい発見はないと思います。

 

https://www.amazon.co.jp/dp/475742874X/ref=tmm_hrd_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=1491524863&sr=8-1