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金融翻訳者の日記

自営業者として独立して10数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

10年以上の営業活動(?)の成果

昨日の夕方は某社の編集者の方と食事。

名前の出なかった(翻訳協力者としては出た)最初の訳書を担当していただいて以来、Lさんとの付き合いは12年になる。「付き合い」と書いたが、Lさんの本職は書籍ではなく雑誌だったこともあり、訳書が出る度に私の方から書籍を送りつけたり、年に1~2度はこちらから「近況報告」したりという「一方的な関係」に近かったかも。返事は来ることも来ないこともあったが、こちらは彼を「恩人」だと思っていたので気にせず「経過報告」をし続けた。時に私の訳書を彼の雑誌で簡単に紹介してくれたこともあった。

そのLさんから3年ぶりぐらいかな、「久しぶりにお茶でもいかが?」とメールが入ったのが一昨日。僕が「昼間は都心に出にくいので夕方の方が融通利きやすい」と返事すると、「なら明日(つまり昨日)西葛西で夕飯を」ということになり、急遽私が親しくしているフレンチで会食となった。Lさん某誌の編集長にご出世とのこと。

「ついては翻訳をお願いできますか・・・?」「え?!・・・もちろん、私でよければ」「ああ、よかった・・・そうそう忘れないうちに・・・、もう原稿持ってきているんです・・・これを鈴木さんの無理のないスケジュールでお願いできますでしょうか?データが必要であればあとでPDFお送りします・・・」 

メールが来た時からちょっとは期待していたお話だった。最初はトライアルみたいなものらしいが、喜んでお受けした。ここから先は僕の努力と実力が計られる世界だ。ただ、何とか彼の役に立ちたいという気持ちも同じくらい強い。微力ながら新編集長を支えてご恩に報いたい。

10年以上のやりとりを経た末のご発注。こういう形で少しずつ仕事が広がっていけば、と思います。

 

 

「ちょっと前のアタシ、ナイス!」

「ちょっと前のアタシ、ナイス!」と妻がニコニコしていた。「何ですか、それ?」

「今日ね、朝から洗濯、掃除、ゴミ出し、生協への発注、請求書書きをてきぱき、ほぼ同時に進められたのよ」「ほ~それはそれは」
「でもね、それをしているときは、結構夢中で、しばらく時間がたってから分かるわけ」
「何が・・・?」
「いろいろな用事が終わって出かけるじゃない・・・・で、帰ってきた時に思うわけ。『あ~、いつもなら面倒だと思っていた洗濯も、掃除ももう終わってるんだわ。ちょっと前のアタシ、ナイス!』って」「なるほど」
「そう思えるようになった家事って結構楽しいのよ。マルチタスクなので、いつの間にか色々工夫もしてるし」
「でもそれって家事だけのことじゃないだろう」「そうよね、何でもそうね」
「『ちょっと前のアタシ、ナイス!』いい言葉聞いたな」
「でもこれはお父さんに当てはまらないからね」「え?」
「あなたはもう仕事を止めなきゃいけないんだから、お父さんが『さっきのアタシ、ナイス!』なんて考え始めたらまた自分を追い込んじゃうじゃん」

どうもそうかも。

・・・というわけで、本日も皆さんにとって素晴らしい1日になりますように!

生まれて初めて席を譲られた話

一昨日のこと。叔母の通夜に参列した後だから、午後9時くらいだったかな。

東西線日本橋駅でかなり混み合っている電車に乗り込み、通路の奥まで動いて荷物を棚に乗せようかなと思ってゴソゴソやっていたら「どうぞ」との声。年の頃30ぐらいだろうか、スポーツマンタイプの男性が立ち上がった。

「あれ?」と思って私は自分の隣か後ろに妊婦かご老人でもいないかと周りを見渡しましたよ。でもそれらしい人は見当たらない。あれあれ?と思ってその若者を再び見ると、私の目を見て「どうぞ、お座り下さい」

俺様のことだったんだ――――――――!

一瞬の躊躇の後、「ありがとうございます」と言って座ったんだが、いや~あのときの気持ちは何とも一言では形容できないですねえ。

「そんなことをしてたらしかられますよ」と子どもをたしなめるお母さんから初めて「おじちゃん」と呼ばれたのは大学3年生の時だった。

電話営業でお客様のところに挨拶に行った際、「あら、電話の声より若いじゃない・・・(一瞬喜んだ)・・・40代?」と言われてその夜やけ酒を飲んだのは24歳の時である。

一昨日のショックはそれ以上でした。いつか来る、その来るべき時が僕の想定していたよりも10年早く来た感じ・・・。

その時の私の身なりは、喪服の上にコート、帽子をかぶり、マスクをしていました。ということはこの若者は私の立ち居振る舞いや姿勢を見て僕に席を譲ろうと思ったのだろう。

まず自分を重ねたのは、1997年に試合途中で交代を告げられた時に「え?おれ?おれ?」と答えた三浦知良選手。あ、あのときの三浦さんはこういう気持ちだったんだ!と(不遜にも)思いました。

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2542962.html

次に思い出したのは、先日目にした朝日新聞の「声」欄。お年寄りに席を譲ろうとした中学生がそのご老人から怒鳴られて本当につらかったという話が話題になったのだが(その投稿に対する賛否両論が特集されていた)、私は自分が席を譲られて初めて、その時に怒鳴ったご老人の気持ちが少し分かった気がした。ただ、目の前の若者が親切心で席を譲ってくれたのは間違いなく、そう思えばこそ「俺はまだそんな年寄りじゃねーぞ!」という反発心が沸いたとしても、それを彼にぶつけるのは筋違い、失礼だ。僕の心の中では感謝の気持ちの方が強かった。

西葛西駅についてそろそろ降りようとすると、その若者には降りる気配がない。立ち上がりざま「ご親切にありがとうございました」と頭を下げて席を立った。

2日経ってやっと立ち直ったところ。今日から気持ちを新たに頑張ります(何を?)

「ディープでコアな講演会」ー 大森望×山形浩生 「ディストピアSFの系譜」

昨日は夕方まで仕事。5時に納品した後に下北沢へ。数々のラーメン屋の誘惑を振り切りカレー屋に入る。会場は駅からすぐ近くだが細い道を入ったところ。催し物があるとの看板がないと、つい通り過ぎそうな入り口から階段を上った2階にある、目立たない書店。棚は全部手作りか、他の用途で使っている箱。天井の配管がそのまま見える。いかにも「ディープ」な本屋さんでその催しは開かれた。

 

大森望×山形浩生

ディストピアSFの系譜」

『すばらしい新世界』『動物農場』刊行記念

 

開演30分前に店についたらすぐ受付が始まる。飲み物チケットをもらう。「お飲み物はこちらでご注文ください」。前の人の真似をして「生ビール」。書店で生ビールいいのかしら、と思いながら、「本日は満席でご予約のない方は・・・」という店員の方の声を背にしてプラスチック・カップに入った生ビールを抱えて店奥の会場へ。

 

会場は店奥の、普段はバー(飲み物を飲みながら本を読める)として使われる100平米ぐらいのスペースに丸いすがビッシリ。60人分ぐらいかな。前から3列目。始まった時に後ろを振り返ったら会場は「立錐の余地がない」と形容できるぐらいビッシリで「途中でトイレに行きたくなったらどうしよう?」と余計なことが心配になった。

 

女性が数えるほど(3~4人?)しかいなかったのも、登壇者が二人の翻訳者である会にしては珍しいと思った。

 

トランプ大統領当選とその後のAlternative factsからの話の大枠は知っていた。またその関連で『1984』が売れたことはは承知しており、『1984』も大昔に読んでいたから何とかついていけものの、そもそも参加しようと思った動機は内容ではなく登壇者に対する興味だけで事前勉強ゼロだったこともあり、それ以外の、例えば「伊藤ケイカクが・・・」「ディストピアとエバンゲリオンの・・・」「ライトノベルディストピア・・・」「・・さんの訴訟で・・・」等々、2時間続いた(SF)出版裏話的雑談の半分ぐらいはわかりませんでしたが、お好きな方が聞いたらシビれるような内容だったのではないかしら。

 

参加者の多くはコアのファンらしく、訳知り顔で多くの人たちがうなずいているのを見て「なにこれ?」と最初は思ったものの、途中で山形さんが「え~っとあれ、誰だっけ、++++訳した人・・・名前が出ない」と言ったら間髪空けずに「LLです」と複数の声が上がったのを見て、「ああ、ここに集まった人たちは上のような話の行間をちゃんと読んでわかっているのだ。こりゃ本物だ」と思った。中味にはついていけなかったけれども、全体的な雰囲気は明るい、優しい雰囲気の「雑談会」で、行って良かったと思った(何となく楽しくてあっという間に時間がすぎた。ビール飲んだにもかかわらずトイレにも行きたくならなかったのにはホッとした)。

 

終了後にサイン会。僕は『動物農場』(山形さん訳)と『現代SF観光局』(大森さん著)を店内で購入してサインをもらった。山形さんの奥さんが2年前に訳した本の編集担当者だったので、彼女宛に簡単な手紙と『Q思考』を添えた紙袋を用意し、サインしてもらっているタイミングで「実は不躾なお願いが・・・」と事情を話すと、山形さん、「ああ、わかりました」と受け取ってもらえたのにはホッとした。大森さんには「同じ町内でございます」「それはそれは」「私は1丁目ですが、大森さんは・・・?」「僕は2丁目で、・・・後ろのマンションが仕事場なんです」という会話。

 

山形さんの本は『21世紀の資本』のみ、今翻訳筋トレで読み進めており、大森さんの本は『特盛!SF翻訳講座』しか読んだことがなかったのだが、お二人の人柄に触れた後だろうか、読者としてファンになるかな、と思った。コンサートに行くとその歌手のファンになる心理に似ているかも。

 

とまあ、中味に立ち入った感想が書けず情けない感想文でスミマセン。

『ブレイクアウト・ネーションズ:「これから来る国」はどこか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 』 訳者あとがき(2015年3月に執筆)

 

本書はルチール・シャルマ(Ruchil Sharma)氏によるBreakout Nations In Pursuit of the Next Economic Miraclesの邦訳(文庫版)である。なお原著は2012年5月にハードカバー版が、一年後の2013年4月にペーパーバック版が刊行されたが、ペーパーバックの刊行にあたってエピローグ(最終章)が追加された。また本書の単行本は原著発行10カ月後の2013年2月に発行された。今回の文庫化に併せてエピローグの邦訳を追加した。エピローグの原稿は2012年年末に執筆されているので、この部分についてはほぼ2年4カ月遅れで翻訳されたことになる。読者の皆さんには是非その点を念頭に置いてお読みいただければと思う。

著者は、モルガンスタンレー投資顧問で新興市場グローバルマクロの責任者を務めるインド出身の運用責任者である。新興国投資の専門家としてはすでに有名で「ニューズウィーク」「ウォール・ストリート・ジャーナル」「フォーリン・ポリシー」等で積極的に情報発信を行ってきた。そのため処女出版であるにもかかわらず本書への注目度は高く「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙等の書評で取り上げられ、さらにフォーリン・ポリシー誌の「2012年の読むべき二一冊の本」、「パブリッシャーズ・ウィークリー」誌のトップ10ビジネス書にも選出された。

 

本書では、著者がこれまでに実際に何度も訪問し、見聞し、分析し、世の中に紹介し、そして投資をしてきた新興国の中から次の「ブレイクアウト・ネーション(競合国から突出した経済成長を成し遂げられる国)」がどこかを探し出そうとするプロセスと結論が述べられている。取り上げられた国々は幅広く中国、インド、ブラジル、メキシコ、ロシア、ヨーロッパ(ハンガリーチェコポーランド)、トルコ、東南アジア(インドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア)、東アジア(韓国、台湾)、南アフリカ、第四世界(ウガンダモザンビークイラクスリランカベトナム、ナイジェリア、ペルシャ湾岸諸国)など。

まずプロローグで本書の目的を明らかにし、第一章で「新興国」、「成長」そして「ブレイクアウト・ネーション」等の定義が行われる。第二章以降の各章は、著者が直接経験したエピソード、場面、景色、そして各地で仕入れた物語や噂話で書き起こされる。プロローグでも触れられているが、毎月一週間を新興諸国で過ごすという著者は、「机上の空論」を排して現場主義を貫く行動派である。各国のトップや企業経営者との面談はもちろんのこと、なるべく陸路を走り、路地裏を歩きながら(陸路を使えない場合にはヘリや飛行機を利用して)投資対象国の様々な場所や人々を直接訪ね、現地の人々の話に耳を傾け、市場を肌で感じようとする。そうして時に歴史を振り返り、データをひも解きながら各国の政治や経済、人口動態、社会状況を、「現場からの知恵」で会得した手法を適用し、様々なルールを縦横に駆使して分析と考察を進めていく。単行本では14章で一応のまとめとなっているが、今回追加されたエピローグでは原著ハードカバー版執筆後1年の更新情報を織り交ぜながら、14章では示唆にとどまっていた「ブレイクアウト・ネーションズ」としてのアメリカ合衆国と欧州を中心の現状と将来展望が描かれる。

 

冒頭にも紹介したように、本書で追加されたエピローグ原稿は二〇一二年の年末に書かれており、すでに2年以上が経過している。この間にはだれもが予想すらしていなかった劇的なイベントが世界中で頻発した。本書で取り上げた主要国について「その後の」動きを(ほんの一部)紹介しておくと・・・

エジプトでは史上初めて民主的な選挙でムスリム同胞団が政権を握っていたものの2013年7月に軍事クーデターが勃発し政権は倒壊。その後大統領選挙を経て現在はエジプト国軍総司令官を務めていたシーシー氏が大統領職にある。タイではシナワトラ首相が2014年5月に失職しその後軍事クーデターが起きて、現在も軍政下に置かれている。トルコでは2014年に初の直接選挙による大統領選挙が実施され、公正発展党(AKP)のエルドアン首相が当選した。

 

ブラジルは2011年にルーラ大統領の支持基盤を引き継いで就任したジルマ・ルセフ大統領が2014年、低迷する経済の再建を公約して大接戦の末再選を決めた。ところが今年1月に二期目がスタートした後も景気が一向に良くならず、さらに国営石油会社をめぐる汚職疑惑が拡大して支持率の急落にあえいでいる。ロシアは、経済はともかくプーチン政権の国内支持基盤は盤石に見える。2014年2月、ウクライナでロシア寄りの姿勢を見せていたヤヌコーヴィチ大統領(当時)に反対する市民と警察の間の武力衝突がきっかけでウクライナ騒乱が発生。その後、クリミア半島の帰属を巡ってロシアとウクライナ間、ひいては欧米、そして世界を震撼させる政治危機に発展し、事実上ロシアの主導の下にクリミア共和国が成立。ロシアへの編入宣言が行われたが、未だ国際的な承認を得られておらず、ウクライナと親ロシア派との事実上の内戦状態も二年にわたり、つい先頃(2015年2月12日)に停戦合意が締結されたばかりである。インドでは2014年5月、10年ぶりに政権交代が起きて「改革」を訴えるモディ首相が誕生。州知事時代のトップダウン方式の指導力を発揮して行財政改革に大鉈を振るい始めた。中国は周体制が国内基盤固めの真っ最中。実質国内総生産GDP)成長率の目標を7年連続で8%とした後、2012年から7.5%に引き下げ14年まで維持したが、2015年3月、李克強首相は今年の実質経済成長率の目標を前年より0.5ポイント低い7%前後にすると表明した。

そして我が国日本は2012年12月の総選挙で自由民主党が3年3カ月振りに政権を奪って第二次安倍内閣が発足。「アベノミクス」と「黒田バズーカ」が世界を駆け巡った・・・。

表面的な状況は時と共に大きく変わっているけれども、訳者の身びいきを承知であえて申し上げれば、筆者の各国に対する基本的な「見立て」は変わらないのではないか。今回エピローグを訳しながら改めてそう感じた。その意味で本書の息は長いと思っている。

 

本書は多くの人々の協力がなければなしえ得なかった。まず、一見するとカレント・トピックスだけを取り扱っているように見える本書の価値を改めて評価し、文庫本化の決断をしていただいた株式会社早川書房第一編集部の皆さん。本書の単行本ではブログの転載を快くご承諾いただいた双日総合研究所のチーフ・エコノミストである吉崎達彦さんには、今回は解説を書き下ろして頂くという幸運に恵まれた。文庫化に当たって、なお残っていた訳者の誤りや不備を適切にご指摘いただいた担当編集者金子裕美子さん。そして、相も変わらず貧乏暇なしの不摂生な生活を、陰に日向になりながら叱咤激励してくれた妻暁子に心から感謝したい。ありがとうございました。

 

2015年3月                                                鈴木立哉

 

 

AI翻訳が日本語に及ぼす影響

AI翻訳が勢力を増すと、「情報さえ伝われば文体は関係ない」と言った乗りの、普通の日本語からは思いつかないような不自然な文章(や文字の組合せ)(しかし情報は取れる)が出回るようになるかも。

AI翻訳は翻訳者のどういう分野のどういう仕事を奪うのか?

語彙や言い回しに関するルール(含む文法)が事細かに決められており、ルールの汎用性が高く(地方やサブセクターでの方言が少ない)、ルールが変更される頻度が低く、主に情報伝達を目的とするメッセージ性の低い文章ほどAI翻訳に取って代わられやすいと思う。

 

しかも、そのルール通りに厳密に書かれている(文法上の誤りや言い回しの誤りが少ない)文章ほど危ない。

 

具体的には条約、法令文書や役所の通達文。取扱説明書など。金融なら日々の相場概況、財務諸表(および注記の大半)などではないか。