金融翻訳者の日記

自営業者として独立して10数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「前川さん、大いに語る」2017年8月14日まで公開されています。

(今日までです!拡散=シェアを強く、強く希望します!!)
 
特別公開は今日までです。
 
1時間15分の講演もさることながら、その後の質疑応答が実に興味深い。前川さんのいろいろな本音が聞けます(1時間以上の講演と、その後1時間以上の質疑応答を見ると、人間性がかなり出ます)。
 
例えば、現役の国家公務員の時に、「一個人として」安保関連法案反対のデモに参加して若者たちに混じって声を上げた時、
 
「もしばれてたら事務次官にはなれなかったでしょうね・・・だからここだけの、内緒の話ですから」(笑)なんてスピーチも。
 
時間のある方はじっくりと、時間のない方は「ながら」でも聴く価値が大いに、大いにあり。
 
(以下は、明日以降は読めなくなる「特別公開中」の文章の引用)
 
「国民が国を縛るという立憲主義の前提が、解釈改憲で踏みにじられてしまう。平和憲法の下、個別的自衛権専守防衛なら認めてもいい、という国民のコンセンサスを、解釈改憲は崩すものでもある。よって、集団的自衛権を認めることは憲法違反である」
 
 9月18日の夜、1回きりだが、反対の声を上げに行ったのは、「もう、他に機会がないと考えたからだ」と前川氏は言う(安保関連法案は9月19日未明に成立)。皮肉にもこの日は、1931年に満州事変が起きた日と重なる。それは、日本が軍国主義へと突っ走っていくひとつの転換点であった。「そうした過去の過ちに対する痛切な反省の下に平和憲法が成り立っているのだから、それを土足で踏みにじる行為は問題だと思った」と付け加えた。
 
 そして、「事務次官退任後、改めて加計学園の件を考えた。やはり国民主権という憲法の原理からも、このように間違った行政が行なわれていることは、国民に知らせるべきだと思った」と振り返った。
 
心の中は無政府主義者!? 前川氏が「学校に行かなくてもよい」と思ったきっかけ
 学ぶ権利に関連し、学校に行かなくてもよいと考えるようになったきっかけを問われると、前川氏は、「自分自身が一時期、不登校であった経験による」と切り出した。
 
 小学校3年生の1学期に、親の都合で奈良から東京へ転校した際、言葉遣いの違いを他の生徒から笑われたことや、担任の教師が優しくなかったことなど、嫌なことが立て続けに起きたため、登校する時間になるとに頭痛や吐き気が起きたという。
 
 翌年、都内で再度転校した後は、子ども心に「今度はうまくやってやる」と考え、また、周りの環境にも恵まれていたことから、再び学校に通い始めるようになったという。
 
 そして、「職員に教員の子が多い文部科学省の中で、(不登校を経験した)自分は学校教育を相対的、客観的に見ることができる。そうした立ち位置から学校教育に携わろうとした」と述べた。
 
 また、前川氏は自らの思想的な立ち位置を、「世俗の権威や権力を重視しない無政府主義者」と表現した上で、入省後、早くから人間の規格化を進める「学校」という制度に問題意識を持っていたと話す。さらに、大阪府の大空小学校の取り組みを事例に挙げ、子どもたち一人ひとりの個性を尊重するインクルーシブ教育(※)についても言及した。
 
※インクルーシブ教育
 障害のある子どもを含めた、すべての子ども一人ひとりのニーズに合わせた教育を、通常の普通学級で行なう取り組み。前川氏によれば、大空小学校の元校長である木村泰子氏は、「子ども一人ひとりをスーツケースのようにひとつの形に抑え込むのではなく、どんな子どもが来ても包み込めるような大風呂敷にしたい」と語ったという。
「あったことを、なかったことにはできない」いじめと子どもの自殺――教育の場に人権意識を
 最後に、いじめを原因とする子どもの自殺の問題について質問があり、前川氏は次のように答えた。
 
 「いじめ対策基本法にあるように、第三者の組織が調査し、対策を考えることがまず必要である。担任や学校、もしくは教育委員会が問題を内部で抱え込み、あったことを、なかったことにする態度は問題だ。真相追及のために広く情報共有される必要がある。一方で、個人情報については、遺族への影響が大きいことから扱いに注意しなければならない」
 
 また、日本の教育制度の根本的な課題として、日頃から、一人ひとりを大切にする教育、人権意識を根付かせる必要があることも、前川氏は強調した。元来、日本の学校制度は、明治時代から軍隊の制度を模してつくられており、遠足は行軍、制服は軍服と重複する要素がいくつもあるという。
 
 「そうした、個性を殺す同調圧力が存在するため、子どもたち一人ひとりの個性を伸ばす教育が阻まれている。加えて、体育会系の部活動に残る暴力的な体質も是正しなければならない」と前川氏は述べた。
 
 講演会に集った多くの人々を前に、前川氏の語り口は軽妙であったが、加計問題に限らず、個々の課題に対しては深い問題意識を持って取り組んでいることが伝わる講演会であった。
 
 多様な意見や個性があるということを、表立って言うこともままならない雰囲気に向かいつつある日本社会。そのような中でも、教育や学校制度の在り方を批判的に見つめながら、すべての人に教育の権利を保障しようと試みる前川氏の姿勢。私たち国民一人ひとりが、何かを「学ぶ」機会になったのではないだろうか。
 
(引用終わり)
 
是非ご覧あれ。あと1日です。拡散を強く希望します。
 

TOEIC:日本語を介さないで英語を読み聴きしないと

ヒョンなことからTOEICを受験することになりまして。

「他のどんな参考書、問題集よりも公式問題集をシャブリ尽くせ」という子どものアドバイスに従い2カ月前から準備するはずが、先週から公式問題集を一通りやってみた。

といっても「通し」(リスニングからリーディングまで試験時間通りに一気に)ではなく、リスニングは全部。リーディングはパート5、6、7をバラバラに、ただし時間を計って取り組んだ。

時間に追われながらリーディングをやってつくづく分かったのは、いかに普段自分が日本語を介在して英語に接しているか、ということだった。そういうクセをなくすために「翻訳ストレッチ」では英語だけを5~10分読むという努力もしているし、ウォーキングしながら英語のラジオ放送を毎日1時間は聴いてるのだが(これは3月以降なのでもう4カ月以上になる)、やっぱり漠然としているんだなあ、と。

英語のまま読んで(あるいは聴いて)その中身についての質問をされてポイントをつかみ取るという読み方(聴き方)を普段していないことがよ~く分かった。で、このための試験勉強をすることは自分の英語力(ひいては翻訳力)を高めることも分かった。

現段階で、リスニングで10問、リーディングで11問間違い。だいたい9割。あと1カ月でこの20問分は果たして埋まるのか?

「お父さん、『通し』でやんなきゃ意味ないよ。リーディングの最後の10分はフラフラになるんだよ」と言われておりまして、あと1カ月あるので、何度かチャレンジしてみよう。

最後に一言。

私は試験を受けて「良かったら」ここに公開します。

でも、悪かったら?

私は日本国民として、現在のわが国の道徳観に素直に従った対応をするであろう。

以下は、先日全国の小中学校に、最近になって急遽配本されたと噂される(?)文部科学省検定済み教科書の副読本「嘘つきは泥棒の始まりー 絶対に嘘をつかないために』(文部科学省編、内閣府財務省防衛省監修)にあったロールプレイ集に基づく、かなりありそうな問答である。

K先生「鈴木さん、何点だった?当然990点ですよねぇ」
私「え~、受けた覚えがありません」
Aさん「鈴木さん、あたし、試験会場で見ましたよ。受けたんでしょ?」
私「それが私とは限らないと思います。証拠に基づいたご質問をお願いします。ちなみに受けた覚えはありません・・・」
Kさん「たった1カ月前のことですよ、受けたんでしょ?はっきりしなさいよ!!」
私「え~、私の記憶の及ぶ限り、受けておりません」
Aさん「これは、試験会場にいた鈴木さんの写真よ。間違いないわ」
私「試験会場に『行った』とは言い切れません」
Kさん「試験結果来てるんでしょ!見せなさいよ」
私「業者等からのダイレクトメールは、原則として1日置いて自動的に廃棄しております」

Aさん「でも、この前ご子息にお尋ねしたら『父とは一緒にTOEICを受験しました。先日スコアが送られてきて僕が父に渡しました。間違いありません!』と言っていましたよ。もう言い逃れできませんよ。どうなのよ!!」
私「記憶にありません」
Aさん「じゃ、あなた、息子さんが嘘を言っているっておっしゃるわけ?」
私「そうは申し上げておりません」
Kさん「じゃ、スコア報告書はもらったんですね?」
私「『報告があった』という認識はありません」

Kさん、Aさん「要するに、記憶にも、記録にもないってことですね?」
私「御意」

ということで皆様におかれましても、大人の対応を一つよろしくお願いします。

特区諮問会議の民間議員の皆さんに問いたい。

民間議員の皆さんの、岩盤規制は撤廃すべきだ。というご意見に大賛成。
 
その上でお尋ねしたい。
 
そもそも民間議員の皆さんはなぜ、申請してきた加計学園の理事長が安倍首相の腹心の友であることを問題にしなかったのでしょうか?
 
親しい所であるが故に、慎重の上にも慎重に検討しようと発言した方はいなかったのでしょうか?議事録をはどうなってるの?
 
・・・それとも、まさか皆さんは「そんなことは知らなかった」のか?
 

首相は「そもそも」の意味を引く前に・・・

首相は「そもそも」の意味を引く暇があったら、まず「李下に冠を正さず」の意味を辞書で引くべきだった。

 安倍さんは、そもそも特区ができた時点で「誠に申し訳ないが、私の首相在任期間中、加計学園は特区には申請できない」と理事長に頭を下げてあきらめてもらうか、加計学園が特区に申請してきたら、自分が理事長の親友であり、萩生田さんが利害関係者であることを発表した上で議長を降り、萩生田さんを担当から外していればこんなことにならなかった。

昔には通ったかもしれない政治家の利権など今は通用しないんだ。

そんなことすらわからない世間知らずのお坊ちゃん。自分のことしか考えてない。国のことなんかなーんにも考えていない。

この国にとって本当に、本当に不幸だ。

 

前川前文科省事務次官の記者会見の雑感(2)

 
 
(正確に数えたわけではないが)合計で20名くらいの質問者のうち、朝日、日経、テレ朝、NHK、時事、共同、東京が各1名(か2名)、個人会員2名だったのに対し、産経新聞とフジテレビの質問者が6~7名いた(およそ3分の1)ということ。ちなみに司会は毎日(前川さん派)。
 
フジサンケイグループは会場中に人員が配置されていて、おそらく互いに連絡を取りながら、皆で分担して質問をしていたのではないか、という印象を持った(全員とても紳士的でした)。
 
前川さんから真正面から回答または反論されていた。
 
手を上げた人全員に質問権が与えられたので、「個人会員」(お一人はNHKのOBとおっしゃっていた)が二人質問されていた。うち一人は「手を上げても指されることなんてないもんだから・・・」と照れつつ、長い演説を始めてしまい、司会者から「質問してください」とたしなめられて、ウチの近所の管理組合総会みたいだなあ、と思った。
 
例の、記者会見で管官房長官を追い詰めた東京の望月さんは、(とつぜん注目をされたせいか)、個人会員ほどではなかったが質問というよりも演説になっちゃったのは、あれ?と思った。
 
なお読売の記者の質問はなかった。
 

前川さんが彼らに与えた最大の打撃

 

前川さんの記者会見でもう一つ思ったこと。

安倍、管、荻生田、松野、義家、そして内閣府の審議官たちは、この前川さんと同じルール(本人のステートメント(30分程度)、自分に好意的な代表者による一問一答の質疑応答(30分程度)、その後、参加者なら挙手をすれば誰でも参加できる、1回あたりの質問は一問に限るが質問がなくなるまで続けられる質疑応答)の合計2時間の記者会見に耐えられるだろうか?ということだった。

 

前川さんは上のような環境に立派に耐えた、どころか落ち着いた物腰と理路整然とした受け答えで会場を完全に支配していた。

 

この記者会見で前川さんが彼らに与えた最大の打撃は、たぶんそれだ。

 

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前川前文部科学省次官、記者会見で最も重要なこと

仕事しながら2時間見ました。素晴らしい記者会見だった。
見た甲斐があった。
 
冒頭に司会の方から、「国会で語ってもらおうにもその場がないので、ここは証人喚問ではないが、前川氏には是非良心に従ってお答えしていただきたい」との挨拶があって始まった今回の記者会見。事件の解明に結びつくような新たな事実が明らかになったわけではありません。ただ、それ以上に、私が最も重要だと思ったのは、
 
前川さんは信用できる

 

 

ことが明らかになった点ではないだろうか。

2時間、100人近く(?)のマスコミ人の前にさらされ続けるということは、能力と人間性が隠しようもなくさらけ出されてしまうと思います。おそらく、あの記者会見場にいたほとんどの記者(産経も読売も含めて)が、程度の差はあれ感動し、「この人は信用できる」と思ったのではないか?そうでなければ、受賞記念とかお祝いではなく、どちらかというと事件性のありそうなあの手の記者会見の終了時に拍手が沸き起こるということはなかったのではないかな(僕は記者会見を全部見たのは初めてなので、その辺はよくわかりませんが)。

すでに報道されている部分以外で気がついた点。

・「(国家戦略特区会議の決定に反対しなかった)結果として文科省(つまり自分)は加担した、と言われてもやむを得ない」
「在職中に声を上げられなかったことは誤りだった(とはいえ、声を上げていても最後は政治判断だったので結果は変わらなかったと思う、という見立ても質疑応答の中で示しています)」
「(総理のご意向文書を流したのか?という質問に対して)その問題にはコメントできない」といった自らの非や反省点を認めながら、すべての質問に誠実に答えていた。言い逃れようとか、ごまかそうといったソブリは一切見えなかった。信念を語っていると思った。

・松木文部大臣、義家副大臣に対して「本当にご苦労されている。その中で(ああいう対応が)精いっぱいだったと思う」といたわりの言葉を述べていた。

・萩牛田官房副長官のメモを書いた課長補佐について、「おそらく私がよく知っている人物で、非常に優秀で信頼できる。その彼(彼女?)が聞き間違いや、勘違いをするはずがない」とどこかの大臣とは全然ちがって、きちんと評価していた。あの課長補佐は一生前川さんを尊敬すると思う。

・マスコミ全員を前に「第4の権力であるはずのメディアが危機的状況にあるのではないか?」と読売だけでなくNHKも名指しして苦言を呈した。

・司会者もうまかった。「時間が来たので質問の機会をここまでにしたい。今ご質問のある方は手を上げて下さい。全員お立ち下さい」と言って全員に質問させた(個人会員もいたのにはビックリ)。

・すべての質疑応答が終わった後で、司会者から最後の言葉をうながされ、「個人の尊厳」「国民主権」という自らの書いた色紙(?)を掲げて、役人であるからこそ個人の尊厳を持って仕事をしてほしい。役人も主権者の一人である、という姿勢を忘れないでほしい、と言った前川さんの発言を見て泣いた文科省職員は多かったのではないか?

 

是非皆さんもご覧下さい。

最初から最後までの視聴を強く、強くお勧めします。

 

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