金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

出版翻訳の「取らぬ狸」

実務翻訳の時は頭の中の3分の1ぐらいは採算を考えている。締め切りが比較的近い(長いものでも一カ月ぐらい)こともあって時間あたりWord数(と売上高)が常に頭の中に残っている。1カ月単位で売り上げも計算します。単価交渉もする。

しかし書籍は別だ。

最初から採算を考えることはない。ていうかそんなこと考えてたら(僕の場合は)できない。

半年とか1年とかのタイムスパンの中で、空いた時間を全て突っ込むことになる(だから今もやっている。おそらく31日午前まで書籍オンリー)。採算なんて考えていたらやってられないし、ここで儲けようとは思っていない。

自分を突き動かすのは、自己表現と自己実現への欲求、社会に何かを残したいという得も言われぬ情念、そして「これを世に出すのは俺しかいない!」という意地かな。特に今回は持ちこみ企画だったのでその気持ちが強かった。

だから僕は、出版を専業にしている皆さんが、どういう風にここを考えて仕事を進めているのかに興味はあります。だって採算とか時間給とか考えてたらいい仕事にならないような気がするから。本の場合。

でもね。

終わってからは別なのね。うっふん
ソロバンと欲得がぬくぬくと頭をもたげてくるのである。

今回もそう。出版契約の話、最初の打ち合わせでしたはずなんだけど覚えていないのでメールして聞きましたよ。

『ブレイクアウト・ネーションズ』の時も、『世界でいちばん~』の時も、『Q思考』の時も、出てから数カ月は「取らぬ狸の」楽しい思いをしたもんです。だから今回もそうなる、オレ様は!アマゾンの順位とかちょっと上がると喜び、落ちると大いに落胆するんです(だいたいさ~、こんなのいつもいつまでも舐めるように見続けるのは著者と訳者ぐらいなんだと思いますけども)。でもこれまでは、ぬか喜びはすべてが夢まぼろし、幻想なのであった。もちろん納得はしてるんだけど。

だから本が出てからの数カ月、ちょっとはしゃいでも、自画自賛しても、許してね。

『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』

発売まで1カ月先ですが・・・
 訳書としては15冊目(共著、名前の出ない本も含みます)が出ます。
 
『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』
フレデリック・ラルー (著), 嘉村賢州 (解説), 鈴木立哉 (翻訳)
 ・経営者、経営幹部、経営企画部社員、人事部門担当者、管理職、人事コンサルタント経営コンサルタントの皆様向けの書籍ですが、今のような時代、「自分が活き活きするような素晴らしい組織ってどういう会社?」「働くってどういう意味があるの?」を模索している個人の皆様にもよい指針となれるのではないか、と思っています。
 ・2014年に出版させていただいた『世界でいちばん大切にしたい会社』で紹介された意識の高い資本主義(コンシャス・キャピタリズム)に基づく組織論、のさらに一歩先を行く組織論です。したがって同書を面白いと思われた方には「さらに面白い」と思います。
 ・企画から出版まで2年半。本当に苦労しました。本書出版にあたっては、編集者の下田さんはもちろんのこと、解説文をお寄せいただいた嘉村賢州さんをはじめ、ABD(Active Book Dialogue)勉強会参加者の皆様、他多くの皆様に大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。
 ひとつよろしくお願いします。

『翻訳力錬成テキストブック』

『翻訳力錬成テキストブック』(柴田耕太郎著 日外アソシエーツ
https://www.amazon.co.jp/dp/4816926674/

 

2~3日に1度、毎回5~10分ずつ取り組んでいる。6月下旬から勉強を始めてほぼ半年。現在は「課題文2-2」(132ページ)だから4分の1ぐらい進んだことになる。旧版は買っただけでほとんど目を通さなかったので大きな進歩。このペースならあと2年ぐらいで読破できそうだ。

旧版は2004年。初版で買ったので(というか、おそらく初版で絶版になった)独立後2年たった時ぐらい。買ったときの印象は覚えている。「英文を1点の曇りもなく読み取る?・・・でここまで意訳する?」という拒否反応が大きかった。単なる趣味だろ、と思った。本が厚いのも気に入らなかった。

その後3年ぐらいこの本と著者が嫌いになっていたのだが、CTさん主催の勉強会に柴田先生が来られて(CTさんは柴田先生の翻訳教室に通っておられたのだ)、黒板を使って書籍通りの細かい授業をされたのだがそれはスッと頭に入って感動した。で、改めて旧版を開いたけど、やっぱり「ここまで意訳はないだろう。細かすぎだろう」という印象は変わらなかった。

それから10年。今年初めに新版が出ると聞いた。CTさんが関わっておられたという話も伺っていたし、使われている原典はあまり変わっていないのですが、レイアウトがスッキリしたのと、出典が明らかになるなどかなり見やすく、勉強がしやすくなったのも勉強が続いている理由の一つだと思う。

ただ、最近思うもう一つの「勉強が続いている」理由は、僕が少しは「翻訳力」がついたからかな?ということです。

昔は細かすぎる、というか原文から離れすぎていると思った柴田先生の訳。「出版物として読める」を狙って思い切って日本語を使うのだが、ちゃんと枠内に入っている。「意訳もここまではよい」というセーフラインを示してくれている、といいますか。特に「原文に即した訳」と「モデル訳」と比較検討するとそれがよく分かる。

 

とても素晴らしい本だと思う。

 

ただ、翻訳を始めたばかりの人は13年前の僕みたいに狙いがわからなくて放り出すかも。その意味では、学び初めは『誤訳の構造』『~典型』『~常識』や伊藤先生の『英文解釈教室』の方が良いような気がする。

 

3カ月ぐらい前だったかな、何気に本書をパラパラとめくっていたら、「あとがき」の最後のページに「協力 出典調査 CT(実務翻訳者)」とあった。「あ、やっぱり」と思ったらジワッときた。そして「柴田先生、ちゃんと書いて感謝していたんだ」と柴田先生のことも(ちょっぴり?)好きになりました。

 

ちなみに、今アマゾンを見たら読者のレビューがあった。厳しい意見だが、これはまさに13年前の僕の意見にほぼ等しい・・・ということはこのレビュアーさん、柴田先生の訳をちゃんと読まずに否定した13年前の僕と同じような、翻訳者のなりたてか、自分は翻訳をしたことのない語学屋さんかも。

翻訳に活きるTOEICの勉強

(1) 翻訳をする。
(2) 原文と訳文を両方音読しながら見直す。
(3) 読み上げ用ソフトで英語を聴きながら訳文(日本語)を見直す。
(4) 日本語を音読する。

日本語の読み上げ用ソフトが使えなくなってから、ほぼ上のようなプロセスで翻訳を進めて納品していますが、ここに来て英語を聴きながらの訳文チェックが力を発揮しているとの実感は、気のせいではなさそう。

数字や時制もさることながら、英語を聴いていてその訳文がスッと頭に入らない、というか英語と日本語がすんなり頭の中でつながらないと何かが間違っていることが多いのだ。数字は当然としても、それは時制であったり、助動詞の醸し出すニュアンスであったり、場合によっては事実(訳抜け)のことすらある。

これは、僕は今年8月ぐらいからのTOEICの勉強を始めたことが大きいのではないか、という気がしている。TOEICの問題集の中にはかなりよくできたものがあって、スマホにダウンロードできる音声特典には、リスニングテストの音声は当然としても・・・

PART2応答問題の問題と正解だけの応答英文
PART3の対話文の一部台詞抜き(登場人物の台詞がポーズになっていて自分で暗唱または音読する。従って登場人物が三人の場合には、1つの問題でAがポーズの音声、Bがポーズの音声、Cがポーズの音声の3回分が入っている)に加え、
ReadingセクションもPART5とPART6は、穴埋めの正解の入った英文、
PART7(読解問題)は問題文の音声読み上げまで入っている教材まである。

しかも、旺文社とアルク社のリスニング用ソフト(無料)では、ピッチを上げずに1.1~2倍速で英語を聴ける(ただしアルク社は、アンドロイド用アプリではまだ倍速にするとテープの早回し状態になる。すでに申し入れ済みで対応してもられるとの返事をもらっている)。

要するにたった1冊の問題集で何度も、さまざまな角度から学べるような工夫が施されているのだ(ただし、すべての教材がそうだとは限らない。本の説明ページや各社のダウンロード用ページで、どのような内容のものがダウンロードできるかをチェックする必要がありますのでご注意を)。

僕は9月から、ある問題集1冊の音声を、毎日散歩しながら何度も聞いてシャドウイングしています。この問題集は、上に述べた機能がすべてついている『TOEIC(R) L&Rテスト 至高の模試600問』(アルク社)。今、30回目ぐらい。最終的には日本語を見て英語を言えるようになりたいので、一応100回を目安にするつもり。

単なる聞き流しと(聞き流しの問題点については、またの機会に述べる)、真似するつもり、暗記するつもりで聴くのでは天と地ほど効果がことなることを実感しています。

翻訳者はTOEICを受ければ良い、というのは青山ブックセンターで文芸翻訳の教室をされている金子靖先生(研究社編集部)のお勧めで、最初僕はピンとこなかったのだが、たまたま息子に煽られて受ける羽目になり、受けるからにはそこそこ準備はしようと勉強を始めてみると、TOEIC受験を意識した英語の勉強(というか訓練かな?)は、単に英語力を落とさないだけではなく、僕の翻訳業務に活きていると思う。

その一つがリスニングによるチェックの精度が上がる、とうこと。あと2つ、PART 5とPART6にも翻訳に役に立つ効果があるのだが、それはまたの機会に触れます。

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%80%90%E6%96%B0%E5%BD%A2%E5%BC%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%AF%BE%E5%BF%9C-CD-ROM%E4%BB%98%E3%80%91-TOEIC-R%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88-%E8%87%B3%E9%AB%98%E3%81%AE%E6%A8%A1%E8%A9%A6600%E5%95%8F/dp/4757428995

訳文から見える違和感

最近、必要があって同じ原文(マクロ経済の関するレポート)に対するいくつかの訳文を読む機会があった。審査というと偉そうだが、ちょっと見てくれません?と頼まれたわけです。

原文は読めている・・・と言っても私が普段訳している英文の地の部分はTOEICレベルなのでさほど難しくない。そこに何が起きているかもまずまず理解できている。ところが訳語と訳文が今ひとつピンとこない箇所が何カ所かあった。

原文が読めていて、ルールもわかっているのに訳文がずれている・・・というのはどういうことかというと、例えば野球でいえば、ルールは知っているし、原文の意味も分かっている。ところが日本ではいつの頃からかストライクとボールの呼び方の順番が入れ替わっていたことを知らずに、「ツーストライク、スリーボール」と訳してしまうみたいな、ズレ(英語は元々、ボール、ストライクの順番だそうです。だから訳語だけが変わったことになる)。

この例は極端だけど、この仕事の難しさと面白さの一つは、時間とともに変わっていく(市場に関する用語は1~1年半ぐらいのタイムスパンで新しい用語がなじんでいく)言葉にどの程度追いつけるかではないかと思う。金融の、マクロ経済関連のレポートに関しては(ほかの分野もそうだと思うけれども)、日経新聞に日々目を通し、「モーニング・サテライト」をはじめとするテレビ東京系の経済番組の音に聞き耳を立てつつ、朝日新聞などの一般紙でその言葉がどこまで浸透しているか、を確認する、みたいな。こうしたことを日々続けていかないと、間違いなくズレる。

逆に言うと、訳文のちょっとした表現にその変化が見えないということはつまり、この仕事を最近請け負っていないと考えて良いだろう。それは断言できちゃう。

もっとも、ある言葉の変化を知らなかったことが単にそれだけで済む話なのか、氷山の一角なのかはその言葉のレベルにもよるし、ちょっとした違和感だけではわからないので、実際には職務履歴、翻訳履歴を出してもらったり、本人と直接面談したりということになるとは思う。今回の事例では、訳した人たちは実務経験もあるので訳す分野についての土地勘はある。僕の判定は、僕の感じた一部の違和感については「最近この手のものを訳していない」だけであって、慣れれば十分即戦力、というコメントを書いて出した。そこから先は僕の領分ではない。

では、先ほどの野球のたとえで言えば、もし「子どもの頃から野球大好きで・・・」と応募してきた翻訳志望者が「さあ、カウントはツー・スリーです」と訳したら・・・

あなた採用する?

フリーランスの皆さんへ

 

仕事は自然には降ってこないぞ。 取りに行く努力を懸命に続けていると、運が良ければ、降ってくることがたまにあるんだ。

 

「何で仕事が来ないんだろう?」とぼやかずに
「自分のどんな努力が足りない?」と努力しながら考えよう。

 

ABD(Active Book Dialogue)の衝撃

昨日、某出版社の会議室でABD(Active Book Dialogue)と呼ばれる勉強会に参加した。参加の理由は、今度出版される訳書の再校ゲラがテキストになったからだ。

衝撃的だった。これだけの衝撃を受けた勉強会はもう何年もなかったかもしれない。

ABDとは、参加者全員の集団作業で、事前に何の準備もない状態で1冊の本を分担して読み、担当した本の一部分を各自が読んで要約して紙にまとめ(コ・サマライズ)、壁に貼りだして本の流れに従って、パーツパーツを担当した人が全員の前で発表し(リレー・プレゼン)、その後本の全体について感想や意見を言い合う(ダイアログ)の3ステップで構成された読書法のこと。本の長さにもよるが、1冊を「仕上げる」のに数時間~1日かかる。

事前に本を読んでおく必要はない(読みたい人は読んでいてもよい)ので、例えばある本の第3章だけを読んでも「前が分からなければわからない」と普通は思う。それで良いのだ、わからないままにその部分のなかで自分が重要だと思った部分、感動した部分をまとめてしまう。「ポイントは、いかに削るかです」と説明してくれたのは、昨日ファシリテーター(進行役)を務めてくれたKさん。

実に面白いのは、そうして1章から順番に一人3~4分で発表を始めると、たとえば3章を担当した人は「あ、私の章のこの部分は、この1章のこれに繋がるもので~」とパッとわかることが多いこと。私の訳書は本文だけで550ページを超える大著で、しかも今の日本にはない組織論(言語化が難しい)にもかかわらず、パーツパーツを自分なりにまとめた人たちが、自分の担当分を順番に発表しただけで、本の全体像が分かった気になることだ。

当然のことだが、私の訳本はまだ出版されていないので全員が初見だ。すると、リレープレゼンの過程で、1冊の本に対する全員の理解が「同時に進んでいく」のである。これは他の読書会にはあり得ない特徴だろう。参加者の一体感も増してくる。これは端で見ていてその雰囲気の変化(今までわからなかったものが分かってくることによるボルテージ上昇)がよくわかった。

そしてリレー・プレゼンが終わると会議室の壁には1章から最終章までのB5版×6ページにつながったまとめノートがザッと並ぶ。これで本1冊のメモができあがり、その全体を写真にとってPDF化する(?)と本1冊分の要約ができあがるのだ。

所要時間は4時間だったが、全然長いと思わなかった。参加者の人は逆に短かすぎると思ったかも(1時間30分ぐらいで担当の20~40ページを読んで、まとめなければならないため)。

参加者は全員が完全な初心者というわけではなく、ファシリテーター(進行役)経験者も3人ぐらいいたので、常に同じような読書会ができるとは限らない。「大丈夫です。最初は簡単な、短い本でやればよいのです。それが起爆剤になれば」とKさん。実際にカリキュラムに取り入れ始めた学校があること。

この感動は実際に見てみないと分からないと思う。いや昨日の僕は見学だったので実際には発表していないのだが、終わった頃には自分も参加したくなりました。

この勉強会の方法論はすべて無料で開放されている。ホームページを見ると嘉村 賢州さん(昨日のファシリテーターKさん)の「ABDが世界を変えるかも?」というコメントがあるが、本当にこの方法は世界を変えるかも知れないと思った。
http://www.abd-abd.com/

Kさんは京都にあるNPO法人代表理事なので、関西の方はお話しを伺いに行っても良いかも。「場とつながりのHome’s vi」のホームページはこちら
https://www.homes-vi.org/

いや~震えるほど感動した。