金融翻訳者の日記

自営業者として独立して10数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』 まえがき

はじめに 

 本書は金融関連のレポートで見かける典型的な表現や用語を、言い回しや重要用語ごとにまとめた例文集です。一つの例文は英語と日本語の対訳になっています。想定している読者層は、金融翻訳の初級~中級者で、主にファンドの運用報告書や投資レポート、財務諸表、決算書類、経済論文、市場分析等の英和翻訳を手掛けている皆さんです。

 収録されている用語や例文は、大きく分けて、①英文を見て辞書で訳語を調べ、いざ訳文を書くときに知っておくと便利な言い回し、②仕事ではよく見かけるにもかかわらず経済、金融、会計の基本書では意外と触れられていない用語、③実務翻訳の観点から説明しておいた方が良いと思われる表現、の3種類です。

 大見出し(青い大きな字)は訳語である日本語を出発点としています。大見出しの中に【 】で囲った小見出しをつけ、おおむね類似した訳語や概念に相当する英文と例文を並べました。同じ訳語でも使われ方が違う英語もありますし、逆に同じ英語に対して異なる訳語が当てられるものもあります。大見出しの例文と翻訳メモを読んでいただくと、その語についての基本概念がある程度つかめるものもあります。例えば、「上がる」「インフレ」という訳語を出発点に表現や使い方、概念を比較する、あるいは翻訳メモを順に読み進んでいただいても参考になると思います。

 語句は、私の実務翻訳者としての過去13年の経験に基づいて選びました。本書の企画が立ち上がってからほぼ3年間、「この言い回し(訳語)はよく使いそうだ」「この用語は背景知識への理解をついおろそかにしてしまう」という表現を一つ一つ取捨選択し、それを含む例文を仕事の山の中から探し出しては捨て、探し出しては捨てを繰り返してきました。例文もあまりに短文では単なる英語基本表現集になってしまうので、短いながらも一つのメッセージになるか、取り上げている用語の理解の一助になりそうなものを選択するよう心がけてきたつもりです。

 私はマクロ経済レポートや財務諸表の英和の実務翻訳者ですので、大半の英語は英語のネイティブ・スピーカーによって書かれ、私が翻訳の委託を受けた英語です。ただし、お客様(発注者)に対する守秘義務により、よほど一般的な表現でない限り英文をそのまま使うわけにはいかないため、必要に応じて文章を短くし、固有名詞や数字、表現等を修正した上で、プロの和英翻訳者として25年の経験を持つナロン マイケル(Michael Narron)さんにすべての英文をチェックしていただきました。一方、大半の日本語は私自身が訳したもの(一部原書と訳書の訳語が含まれています)を、金融実務翻訳者として18年の経験を持つ飯村育子さんに校正をしていただきました(もちろん、最終的な文章責任は私にあります)。その例文集に実務翻訳の観点から重要だと思われる考え方や背景知識を「翻訳メモ」としてつけました。

 以上のように、本書は金融翻訳に関する典型的な表現や背景知識、言い換えれば金融翻訳者の皆さんが翻訳業務の中でよく出会いそうな、そしてよく使いそうな「つなぎの知識」を身につけることができる「辞書の後、専門書の手前の書」だと捉えていただければと思います。原文はネイティブの英語といって差し支えなく、日本語は私の訳した日本語です。本書は英和翻訳を念頭に置いて編集していますが、英語にはアメリカ人の校正も入っていますので、和英翻訳のための例文集としての機能も果たせると思います。また索引を充実させることも心がけました。

 なお、例文の一部には以下の文章が収録されています。これらは様々なレポートで頻繁に引用されており、金融翻訳者であればぜひとも原典に触れておいてほしいと判断したものです。日本語訳はすべて私が行いました。

グリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)元議長の「根拠なき熱狂」演説(1996年12月5日 抜粋)
グリーンスパンFRB元議長による議会証言における「グリーンスパンの謎」発言(2005年2月16日 抜粋)
③ ドラギ欧州中央銀行(ECB)の「ユーロ防衛にあらゆる措置を講じる」演説(2012年7月26日 抜粋)
バーナンキFRB前議長の議会証言後に、いわゆる「テーパー癇癪」といわれるようになった質疑応答の一節(2013年5月22日)
量的緩和第3弾の終了を決定した時の米連邦公開市場委員会FOMC)声明(2014年10月29日)
⑥ ⑤の半年後、市場で利上げ観測を巡る思惑が高まっていたときのFOMC声明(2015年6月18日)
 なお、上記の英語原文と和訳のうち③はp108に、それ以外については、以下のWebページに、短文(例文)ではなく一続きの文章として掲載しております。

(中略)

 本書の執筆は多くの人々の協力がなければなし得ませんでした。まず、これまで実務翻訳者としての私を支えていただいた多くのお客様。例文は、私がこれまで翻訳を請け負った英文が下敷きとなっています。そして企画の立ち上がりからコンセプトが固まるまでの2年半にわたり実に根気よくお待ちいただき、その後8ヶ月をかけて筆者初めての著書をここまでの体裁と中身にまで高めていただいた講談社サイエンティフィクの三浦洋一郎さん、10年近く和英翻訳で私とタッグを組み、今回もすべての英文に目を通し不自然な英語の抽出と修正に尽力いただいたナロンさん、私の訳文の不備を丁寧に添削していただいた飯村さん、そもそも本書出版のきっかけを与えていただいた特許翻訳者の時國滋夫さんに心からお礼を申し上げます。
 
2015年10月

鈴木立哉

http://www.amazon.co.jp/dp/4061556266/