金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「フリーランスの実務翻訳者を目指せ」なんて無責任に言ってはいけない(2023年7月7日)

ChatGPTの登場によって、そもそも「翻訳者の仕事は何か?」の定義さえ曖昧になっている今の時代に、まだ翻訳者でない人たちに向かって「あなたも実務翻訳者になれる」とか「フリーランスの翻訳者を目指そう」といった誘いをかけるのは無責任だ。

思い出すのは10数年前(今調べたら2010年だと思います)、『翻訳通信100号』記念講演会でに故山岡洋一さんが、翻訳者ばかりでなく出版関係者も大勢ひしめいていた会場で

「(出版)翻訳を志望する皆さんの中で今仕事をお持ちの方は、仕事を辞めようとのお考えをお捨てください」とおっしゃったのを思い出す。

当時僕はすでに数冊の翻訳出版を経験済みで、それがいかに儲からないかということは自分なりに分かっていたつもりでした。「その通り!」と感じ、そのことを関係者の皆さんがいる前で堂々と述べられるのは山岡さんぐらいしかいないと思うと同時に、とはいえあのような発言をするには勇気が要ったのではないか、さすが山岡さん、と尊敬の念が高まったことを今でもはっきりと覚えている。

とは言え当時は僕はまだ「実務(産業)翻訳」はまだ十分に食えると思っていました・・・つい最近まで。

実務翻訳へのニーズが衰えることはない。ただそれを担うのが誰なのか、原文から訳文を完成させる「翻訳」という一連の作業のうち、人間が担うのはどの役割なのか、がまだはっきりしていないのだ。

今この業界でもがき苦しんでいる人たちが、自分が生き延びるためにどうしたらいいだろう?と必死に考えて試行錯誤し、知恵を出し合い、新たな道を模索するために意見を出し合うのは大いに結構(僕だってそうしている)。しかしそこにこの道未経験の若い人たちを巻き込んじゃだめだ。

おそらくあと数年もすれば新しい翻訳者像ができて、もしかしたらそれば「あなたも目指す夢の職業」になっているかもしれない。誘うのはそれからでいい。

誤解のないように言っておくが、僕がこの20年間この業界で食えてしまったのは、(もちろん自分なりに必死に努力はしたけれども)、単に時代と運に助けられただけだというくらいの自己認識は持っています。

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