金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

ワクチン狂騒曲(小田嶋隆文章教室に提出した課題作文)

 

昨年お亡くなりになった小田嶋隆さんが(恐らく)最後になさった文章教室(オンライン)に参加していた。その教室は6回の講義を受けた上で(確か)自由題、量も自由の作文の提出が求められていた。課題を提出した数カ月後に小田嶋先生がお亡くなりになられた。心から残念です。この最後の講義シリーズに参加できたことは、その意味で文字通り「不幸中の幸い」だったと思う。

以下はその時に僕が提出した「作文」と「講評」である。たまたま本日、主催者の方から、小田嶋さんに代わって「小田嶋さんの親友、故・岡康道さんの友人であり麻雀仲間であり文学のセンセイ」(主催者「コトバコバト」のご担当者)である早稲田大学市川真人(いちかわ・まこと)先生の講評が送られてきたので、講評文とともに僕の送った文章をここに公開する。なお、私のフェイスブックの「お友だち」の皆さんの中にはお気づきの方がいらっしゃるかもしれないが、この文章は、「起」「承」「転」「結」のいずれも、それぞれの日または翌日に、お友だちへの状提供を目的としてフェイスブックに書いた感想だ。

課題提出にあたってはそれぞれの文章に「て」「に」「を」「は」程度は手を入れて「起」「承」「転」「結」のサブタイトルをつけてまとめ、最後に「ワクチン狂騒曲」のタイトルをつけて出しただけなので、課題作成のためにかかった時間は1時間もなかったと思う。僕としては、後から振り返っての「まとめ」的な文章ではない、ライブ感を出したかった。その意味で講評文で「出来事としてはそれほど大きなことは起きないというか、あざとく笑わせるようなところはありませんが、語り手の視点が冷静な分、素の反応の他の人たちとギャップができて、そこにコミカルさが生まれています」とお書きいただいているのは、まさに僕の狙いがピタリとあたったことになり誠に嬉しい。

ワクチン接種がらみの内容なので、皆さんの思い出と比べながらお読みいただければ幸いです。主催者の皆さん、ご講評くださっい市川先生に感謝。

(ここから)

「 ワクチン狂騒曲」  鈴木立哉

「起」
2021年8月25日、水曜日
今回のワクチン接種、自分の母親と妻の両親、妻の叔母のネット予約(この時は必死でしたぞ)と接種(2回)が無事完了し「よかったね~」と言ってボーッとしているうちに(とりわけ江戸川区は)7月から一気に供給不足になって自分たちの予約が非常に難しくなった。江戸川区コール・センターの電話はなかなかつながらず、ネット予約もスタートした瞬間にいっぱい。キャンセル待ちも運次第、といった状況になったのだ(9月からかなり改善されるらしい)。

そんなスッタモンダはあったものの、取りあえず、私は集団接種で1回目接種終了(2回目は9月初旬)、妻は体調を悪くしてたまたまかかった医院(初診)で「ワクチンの予約がなかなかとれなくて」とこぼしたら「だったらウチでどうぞ!。今日からウチは鈴木さんのかかりつけ医です」という親切なお医者さんの計らいで1回目、2回目ともに予約(今週後半が1回目)、長男次男は近所の医院が採用した「行きつけかどうかは関係なく1回目も2回目も当日並んだ人順」方式(後述)で1回目の接種を終了した。我が家の第1回接種率は今週月曜日で50%と、やっと日本の平均(8月23日現在で52.9%。下は日本経済新聞集計)に追いつき、今日で75%、週末に100%になるわけだ。

ここで、近所のS医院が採用した「行きつけかどうかは関係なく1回目も2回目も当日並んだ人順」を紹介しよう。

S医院のルール
①電話予約は受け付けない。
②毎朝、「本日の接種人数は〇〇人です」との貼り紙が医院のシャッターの前に張り出される(朝6時には張り出されているらしい)。
③並べるのは接種される本人、または代理1名だけ。つまり一人で二人分の接種は受け付けられない。
④接種受付は8時30分から。
⑤接種開始はその日の10時から。
⑥電話では「あんまり早く並ばないでくださいね~」と言われていた。

どうも早起きすれば接種できそうだが我が家の子どもたち(いい大人ですが)は夜更かしで早起きが苦手。一方僕は早起きは苦にならない。家からS医院まで歩いて7,8分(往復で3000歩ぐらい)。要するに、朝、散歩の距離を歩いて40~50分待っても新聞読むぐらいの時間なので全く苦にならない。「俺がまず先に行って先に並んでようか?途中で入れ替わればいいじゃん」と申し出る。家で仕事をしているので時間の融通が利きやすいのだ。「お父さん、お願~い」。7時半ぐらいまで並んで後は本人たちが来たら引き継ぐことに決定。

で、私は何時に並んだか?

1回目(長男の時)は「お父さん、そんなに早いとまずいんじゃない?」という妻の声をよそに、「最初は早めに行ってみるよ。様子を見て調整すればいい」と7時10分。その日は接種数8名で8番目。ギリギリセーフ。「皆さん、何時から並んでたんですか?」と尋ねたところ先頭の奥様が「6時から」と。「わたしは前回7時に来てダメだった」「私も」な~んて感じ。妻と長男からとてつもなく感謝された。

そして今日は次男の分。僕はどうせ新聞をどこで読むかの違いなので、6時半にウチを出てみた。シャッターには「本日は6名です」の文字を横目に医院の横の駐車場(並ぶところ)に行くと既に2名いらっしゃって3番目。私の前の二人の奥様も本人ではなくお子様の申し込みとのこと。お一人は「私は今日が3回目のチャレンジでした!」とおっしゃっていた。「席」は確保したので自宅に電話。私の待ち時間は6時45分から7時半までの45分。日経新聞読んでいるうち次男が来た。次男は私の電話を受けてから会社に「午前休」の連絡をし、朝食を取り、S医院に来て私と入れ替わって申し込み。いったん帰宅して10時に接種。

S医院は昨年のかなり早い段階から抗体検査もPCR検査も実施しており、インフルエンザ予防接種もず~っと受け付けている。先生は私と同い年(というか誕生日が1週間違い:医師免許が壁に貼ってあるんです)で陽気、治療の時も「は~い、心配いらないよ~、肩の力を抜いて~」と優しいので、妻などは「あの先生に見てもらうだけ治った気になる」という名医なんだろうな。院内は非常に清潔。診察(というか耳鼻科なので治療)も迅速なので待つことはあまりない・・・と普通の耳鼻咽喉科よりも「かなり進んでいる」という印象の耳鼻咽喉科で妻も僕も月に一度ぐらい通院している。

その(何事にも合理的に判断されるはずの)S先生が「ワクチンの数だけはその日にならないと分からない」と判断したのだからきっとその方法が一番公平なんだろうと信頼したわけだ。

今日の奥さん方(お二人ともご本人はそれぞれ1回または2回を接種済み)とも話したのだが、「S医院方式は、こっちが『早く行く』腹をくくれば100%打てる」ということで納得という次第。

地域により人により色々なケースがあるので参考にはならないと思いますが、どちらかというと自分の記憶のために。
    

「承」
2022年2月19日、土曜日。
昨日の昼休み。

接種券が来たので区のワクチンセンターに電話した。

「お客様、申し訳ございません。F社製のワクチン接種は4月3日までいっぱいです」
「あ~そうなんですかぁ。どこの会場も?」
「どこもです。全く空いておりません」
「M社製はどうですか?」
「Mは空きがございますよ、お客様」
「じゃ、Mでお願いします」
「いつがご希望ですか?」
「3月10日か11日でどうでしょうか?」
「少々お待ちください・・・。あ、大丈夫です」
「どこが空いてますか?」
「どこでも空いています」
「では何時が?」
「お時間ですか・・・え~と、朝から終了時間まで、今ならいつでも大丈夫です」
「つまり、Fはどこも4月まで一杯で、Mは、いつでもどこでも大丈夫ってわけですね?」
「その通りです、お客様。Mは、いつでもどこでも何時でも!」
「あ~そうなんですか。では11日の午後5時に。〇〇会場(我が家から最も近い特設会場)でお願いします」
「ありがとうございました!!」

へ~んなの。

「転」
2022年2月20日、日曜日。
……ちなみにウチのは「副反応キツかったらどうしよう・・・」とか不安になるタイプなのでこう答えた。

「いいか。僕が打つのが11日。君が打つのはどんなに早くても17日だろ。だったらガ~ラガラの今こそ予約すべきだろ」
「なんで?」
「だって、俺が先に打つんだから状況わかるだろう。言わば僕が実験台になるわけだ。そして僕の様子を見て心配になったら予約をキャンセルしてF社製待ちにすりゃいいじゃないか。
「量の問題とか副反応の話とかだんだん明らかになってきたら不安は徐々に減っていくだろう。そうなってから申し込んだ時にはすでに予約がいっぱいになっているかもしれないじゃないか」「そうかもね」
「行きつけのT医院、F社だよな」「うん」
「3月になってそこで予約が入りそうになった場合も区をキャンセルする」「なるほど」
「今、予約をして得することはあっても損するこたーねーんだ」
「わかったわ」

・・・というわけで普段は恐がりで慎重派の妻も私より1週間後にご近所の特設会場で申し込み、その後息子二人も申し込んで、我が家の3回目は全員、家から歩いて5分の所に設置される特設会場で、それぞれの一番都合のよい日時に打つことになりました。

「結」
2022年3月13日、日曜日。
接種日時は3月11日(金)17時。接種会場は家から歩いて5分。ガラガラではなかったがほとんど待つことなく諸手続をスムーズに終え、接種。15分待機時間があって解放。家を出てから帰宅するまで40分ぐらいだったかな。

「熱が出るのは20時間後ぐらいから」と経験者に忠告されていたので、その日は風呂をあきらめ、少し早めに寝る。
翌朝起きると左手は痛いが熱はまだない。仕事はしないことにしてのんびり読書をして過ごす。午後に2時間昼寝するも特に変化なし。何となく熱っぽくなってきたのでこの日も風呂をあきらめ、新品の冷えピタと解熱剤と体温計を枕元に用意し、いつもより1時間早く就寝。そして今朝。
熱を測ったら36.5度。
まさに大山鳴動してネズミ一匹を終えて一句。

3度目を 終えて飲み屋の 予約かな

【講評】
ワクチン接種も四回目、五回目と進んで、鈴木さんのおっしゃるようにみな慣れてきた様子がありますね。このまま軽症化してゆけば、いずれ「あのときは……」と笑い話になるのでしょうか。

まだそんな気配も薄く、人によって温度差があった時期の「日記的な覚書」、たいへんおもしろく拝読しました。出来事としてはそれほど大きなことは起きないというか、あざとく笑わせるようなところはありませんが、語り手の視点が冷静な分、素の反応の他の人たちとギャップができて、そこにコミカルさが生まれています。この人物の視点は、ほかの話題でも生きそうですね。

もうひとつ、この文章の強みは、コロナワクチンの予防接種(とその予約の大変さ)というテーマが、だれにとっても身近に知るものであることです。言ってしまえば、自分のよく知っていることについて書かれた文章であればひとはその文章のよい読み手になる、そのことの良いお手本のような文です。
だからこそ、読者のよく知らないことについて書くときの練習も重ねていってください。
                                 市川真人