金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「オレとは人間のつくりが違う」(翻訳ストレッチの教材から)

昨日、翻訳ストレッチで次の英文について学習した。

Just as a good man forgets his deed the moment he has done it, a genuine writer forgets a work as soon as he has completed it and starts to think about the next one; if he thinks about his past work at all, he is more likely to remember its faults than its virtues.  Fame often makes a writer vain, but seldom makes him proud. (善人が善行をし終えた途端にそのことを忘れてしまうのと全く同様に、真の作家というものも作品を完成するやそれを忘れて次作のことを考え始めるものである。そしてもし彼がいやしくも過去の作品のことを考えるとすれば、それは作品の美点よりはむしろ欠点の方を想い出すことが多いものである。名声はしばしば作家を自惚れさせるが、しかし自分の作品に満足させるようなことはめったにない)(多田正行著『思考訓練の場としての英文解釈(1)』(p51-原文、pp164 訳文)

これを読んでふと想い出したのは、つい数日前に読んだ山崎努さんの「私の履歴書」の一節だ。

「いつのときだったか、『ご自分の昔の作品を観返して後悔することはありませんか』と訊いたことがある。即座に『ないね。どうして後悔するの?そのとき一生懸命やったんだからそれでいいじゃないか』と一蹴された。さすが巨匠、オレとは人間のつくりが違うんだ、と引き下がった」
(「山﨑努 私の履歴書(14)やけど」2022年8月15日付日本経済新聞
*尋ねた人は山崎さん。答えたのは黒澤明監督。

黒澤監督は、一作が終わると次作のことで頭がいっぱいで、過去の作品を反省したり後悔している余裕がなかったのではないだろうか。いや、きっとそうではないかと自分なりに得心した。

作曲家と演奏家、作家と翻訳者、そして映画監督と役者。確かに「人間のつくり」がちがうのだけれど、それはどちらが上とか下とかいうことではない。役割の違いなのだが、果たして山崎さんはそこまでの意味を含んで「オレとは人間のつくりが違う」とお書きになったのかな。

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