金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

訳文を暗記する(翻訳ストレッチの教材から)

(原文)Looking back now, after all these years, and knowing as I do the terrible difficulties of making a living by writing, the small chance there is of being successful, I realize that I was taking a feaful risk when I abandoned the medical profession for that of letters.

(訳文)今これだけの長い年月をへだてて振り返ってみると、また筆で生計を立てることのおぞましいまでの困難、成功する見込みの少なさがはっきりわかってみると、医師稼業を捨てて文筆業に乗り換えた時、私は危ない橋を渡っていたことがまざまざとわかる。(佐々木高政著『新訂 英文解釈考』p97)

僕にとっては、英文を読んで、訳文をさらっと確認して読み進めるのでは済まない、訳文作成上のさまざまなヒントが含まれている英文と訳文だと思いました。

「僕にとっては」とわざわざ書いたのは、人は自分の英語学習経験等によって、語句の理解が本来の意味から「ズレて」しまったり、訳文に様々な「クセ」が出てきてしまうと思うからだ。そしてそういうズレやクセは人によって異なる。英文を読んで自分で訳文を書き、それを模範解答と「てにをは」まで比べて初めてそれが認識できる。

僕にはこの文章がまさにそれで、普段読んでいる時にはさらっと読み飛ばしてしまう簡単な英文だけれども、実際に訳してみるとknowとかterrible、realize、take a fearful risk, abandoned ...forに対する僕の理解や訳文が「甘い」と感じたわけです。

で、どうするか?

優れた訳文、いや、自分の理解がズレている優れた訳文を暗記するのだ。

もちろん、訳文をただ丸暗記するのではなく、英文を読んだ上で佐々木さんと全く同じ訳文になるようそれを覚えるわけです。覚える過程で辞書や文法書で調べたりもします。もちろん「覚える」のは訳文に対する信頼があってこそ。本書の著者佐々木さんは英語と日本語の達人なので、ここに書かれている日本語については、そのニュアンスに至るまで英語の言わんとするところを反映していると考えます(ちょっと古い表現があるのには目をつぶります)。そこは信じる。

翻訳ストレッチを行っていくプロセスで「その場暗記」「忘れてよい暗記」の必要性は感じておりそのことについては折に触れ人に話したり書いたりしてきましたが、英文によっては、あたかも英作文の基本例文暗記のように、何度も同じ英文を読み、訳文を再生する訓練をすることで、自分が調べないで来たが故に曖昧になった理解や、誤解や、表現のクセがかなり矯正できるのではないか。

ただ、いくら信頼できる本であっても、英作文の例文集のように最初から最後まで覚えるのは現実的ではない。

普段勉強している中で、訳文をうまく表現できていなかったり、お手本から学べる項目(語彙、文法、あるいは日本語訳)が多い英文(というかその英文が含まれている課題文全体)を抜き出して、それをノートした例文集を作るのがベストではないかと思う。

とりあえず僕は上に紹介した英文を「1番」としてメモし何度も繰り返し復習することにします。

<どんな本を選ぶのか>
英語力の程度やバランスは人により異なるので、「この本」を指定するのはなかなか難しい。逆に言えば、自分に合うと思えば何でもよいと思う。ただし、あくまでも「覚えるための」参考書なので、なるべく多く版を重ねている(読者の批判に長く耐えている)、著者の言っていることを概ね鵜呑みにしてもかまわないと思えるような、訳文に信頼の置ける本がよいだろう。

自習するという観点も含めて、この点からやはり優れていると思えるのは、原仙作著、中原道喜補訂の『英文標準問題精講』(旺文社)ではないかと思う。この参考書は①かなり標準的な(英作文のための暗記にも使えそうな)英語である。②英語のレベルがそこそこ高い、③文章の構造や語彙など、大学受験生を念頭に置いた説明がなされている、④一題の文章が概ね1~3段落程度と長すぎず、そこに一つの考え方が示されている、⑤人生訓となるような、読んで為になる文章が多い、⑥訳文が自然で、よく練られた日本語、という特徴がある。

同書を前からすべて訳していき、「てにをは」も含めて添削して、何がどう違うのかを検討し、「(自分にとって)引っかかりが多いな」「分かってなかったな」「忘れていたな」「曖昧だったな」と思う文章があれば、それを暗記する、というのがよいのではないか。なお『英文解釈考』は、英語、日本語(特に日本語)から学べることが多い素晴らしい本なのだが、文法事項の説明が手薄なので、英語力にいささか不安な向きには、強くはお勧めできない。

以上何かの参考になれば。

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