金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

子どもの才能(2021年4月)

渡辺明名人の息子さんも、羽生善治九段のお嬢さんも将棋指しになっていない。

お二人とも息子/娘と将棋を一、二番指して「他の仕事を探したら・・・」となったらしい。

よく「若い頃から始めないと才能が開かない分野もあるから」ということを口実に自分の子どもにいろいろなことをさせる(強制する)親御さんいるじゃないですか。

確かにそういう分野は間違いなくあるはずなんだけど(囲碁や将棋、芸術、一部のスポーツ、一部の学問分野)、でも、若い頃から始めないと才能が開かない分野の才能の「あるなし」って、見る人が見れば「すぐ」わかるんじゃね?

たとえば、5歳の子どもに囲碁将棋をやらせたり音楽をさせて、大人も驚くようなキラリと光るものが「その場で」見えなければ、その子には、少なくともその世界で食っていくだけの才能はない(少なくとも必要条件は整っていない)、と結論づけていいんじゃないかなあ。それなのに、「鍛えれば強くなるはず!」と考えてずーーーーーーっとその訓練を押しつける大人たち。将来才能が開くのかね?な~いない。その分野に関しては才能ないんだから。そういう分野なんだから。でもそこが見極められずに(あきらめられずに)いつまでもねじりはちまきで子どもを追い詰める。そりゃダメだわ。

じゃどうするの?

その子の自我が育って「これをやりたい!!」というまでひたすら待つ。
言い換えれば、この世のほとんどの分野は、子どもの成長と好奇心に合わせて始めれば十分に習得し、その道を究めて行けるってことではないかな。

・・・な~んて偉そうなことを書いている、他ならぬウチ(いや僕)も「もしや・・・?もしかしたら・・・?」と思っていた時期があり、ずいぶんと子どもに辛い思いをさせたちまったなあ、と今頃になって反省しきりの還暦である。

*ちなみに、昨日と今日は将棋名人戦の第一局(僕は典型的な「見る将」です)。AbemaTVを見ながらふと最近読んだ本の内容を思い出したので。