金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

英語のニュアンスを日本語で学ぶ英作文の本:小倉弘著『例解 和文英訳教本 (文法矯正編)(プレイス)(2021年5月)

和英翻訳のプロセスで僕は英語ネイティブの方に「こういう文脈の中でこういう言い方(表現)をする?しない?」と問うことが多いし、いわゆるネイティブ・チェックとはそういうものだ。
ネイティブ講師による英語の授業なども「そういう言い方をする、しない」といった形で我々の英語表現が修正あるいは正しい英語表現が提示される場ということになる。

親切なネイティブの方であれば「なぜそういうのか」を説明してくれるが、「(うまく)説明できないけれども、とにかくこの状況下ではそうは言わない(言う)」ということも少なくない。ネイティブ講師との英会話レッスンなどはその繰り返しのようなものだろう。

僕たちはそういう場をたくさん経験して、帰納的に「こういう場面ではこういう言い方をする(しない)」を学びながら、段々英語が上手くなっていく、ということなんだろう。

このやり方の難点は、時間が非常にかかる、いうか時間を非常にかける必要がある、という点だ。簡単に言えば「たくさん喋って、たくさん間違える」ことこそが上達の秘訣なのである。

小倉弘著『例解 和文英訳教本 (文法矯正編) --英文表現力を豊かにする』(プレイス、2010年)はこの英語マスター方式に対する果敢な挑戦状だと思う。

我々が「帰納的に(経験的に)身につけていく英語表現の機微」を「要するにこういう場面ではこう言う」と日本語で明確に整理/提示した、英語学習の時間短縮に役立つ画期的な本ではないかと思う。

すごく分かりやすいのは、must とhave toの違い。

マーク・ピーターセン氏が共著で入っている『表現のための実践ロイヤル英文法』にはこう書いてある。

「『しなければいけない』という意味を表すmust とhave toの違いは、must の方がはるかに改まった、堅い感じの表現になる、というだけである」(P87)。

要するに両者はほぼ同じ意味。ニュアンス(受け取る感じ)が若干違うだけだと言い切っている。言いたいことは何となくわかるし、そんな気もするが、微妙な差は「自分で使って覚えてね」的に突き放されている感じがしないでもない。それでもこの本は親切な方で、他の多くの文法書がmust とhave toの違いを否定の意味の違いと過去の使い方(mustは過去では使えない)の場合に限っているのに対して、平叙文のレベルで何か違う点があるのかをとにもかくにも説明しようとしてくれている。

一方、『例解 和文英訳教本』は次のように説明する。

「(1人称が主語の)have to は『仕方なく~しなければならない』という意味である」したがって、「昨日は道路が工事中だったので遠回りをせざるを得なかった」はhave toを使う。
これに対し「1人称が主語のmustは『自発的に~しなければならない』という意味で、<自分が自分に自発的に義務を課している=話者が自分に課す義務>感じである。よって、本問の……(もう遅いので)『おいとましなければなりませんね』を英訳する際にはmustが適切である。(同署P112)

として以上のようにまとめる。

have to ①主語が1人称の場合は「仕方なく~しなければならない。
②主語が2,3人称の場合は「周囲の状況が課す義務」

must①主語が1人称の場合は「自発的に~しなければならない」
②主語が2,3人称の場合は「話者が(相手や第三者に)課す義務」

こう整理された上で自分の知っている英語を読んだり思い浮かべたりすると確かにそうなっている!

こういう説明のオンパレード。著者の小倉さんは代ゼミでネイティブ講師とペアで授業をしているそうなので、おそらくそういった経験の積み重ねから帰納的に「ネイティブのニュアンスの法則化」をかなり実現したのではないかと思う。「春になると、我が家の庭にたくさんの花が咲きます」の英訳を4ページにわたって日本語で説明してくれる本なんて初めてだ(普通は、こんな単文、「暗記しましょう」で終わりだと思う)。

一度手にとってみてから購入のご判断を。偶然見つけた本だけど、小倉さん、ただ者しゃないでぇ。

(ご注意)もしこの書き込みをご覧になって「本書に取り組んでみようかな」と思った方へのご注意。「読み流さないこと」。英語が簡単なのでついすべてわかったつもりでスラスラ読み進みがちになってしまいますが、単に問題と解説、回答を読むだけでは本書の価値はわからないと思います。紙とペンを持って、まずは自力で英文を書いてみること。そして解説を読みながら自分の間違いを直していきましょう(ご心配なく、必ず間違えます)。自分がいかに分かっていないかを思い知るはずです。

https://www.amazon.co.jp/dp/490373823X/

(捕捉)なお『表現のための実践ロイヤル英文法』のP88には「発展」として「(英)では、一般にmustが「話し手の意思や命令」などを表すのに対し、have toはそれとは関係ない事情でそうしなければならないという感じになると言われている」との記述がある。まさに小倉さんの指摘しているポイントだが、小倉さんが英作文の問題(具体例)を通じて説明しているのに対して、マークさんは解説だけに終わっているので読み手は一読してもわかりにくく、従って説得力に欠けると思う。

(追記:2月9日)同書に興味深い例をもう一つ見つけたので。
*一人称の個人の予定の場合
①現在進行形:スケジュール帳に書くような確定的なこと
②be going to: 頭の中で決まっていること(スケジュール帳に書いても書いてないかは関係ない)
③will:その場でとっさに決まったこと。(小倉弘著『英文表現力を豊かにする 例解 和文英訳教本』(プレイス)pp80-83)
こう提示されて自分の知っている英語で何度も反芻してみると、「なるほどそうだ!」と思える。ネイティブ・スピーカーが「この時には、こう言う(言わない)」を見事に整理している。英和でも和英でも覚えておいて役に立ちそうな法則だ。実に実に深い本だ。しつこいようですが、問題をまず自分で英語にして書いて本と比べないと本書の真価はわからないと思います。念のため。

 

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