金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

下訳について②

「下訳使うなんて信じられない」

柴田元幸著『僕は翻訳についてこう考えています 柴田元幸の意見100』アルク社、p130)

これは結構有名な発言で、その後に「何で他人に自分に代わって遊んでもらわなきゃいけないのか」と続く。村上春樹さんも同じだと。これを読むたびに思い出すのは、数年前に、あるビジネス雑誌の編集長からお伺いした話。「(故)山岡洋一さんほどフェアな翻訳者を僕は知りません。まず、原則として下訳を使いませんでした。締め切りや量でどうしても他の人に下訳っぽいことをお願いしなければならないときには共訳にするか、あとがきで手伝ってくれた人のお名前を必ず出す。そして各人の担当ページをきっちり計算して、印税をその量に比例して分けておられた。最後にご自分で全体を見て手を入れておられるのにですよ」。良い悪いの話は横に置き、柴田先生と山岡さんの違いは、「その翻訳に生活がかかっている(「仕事」)か、かかっていない(「遊び」)か」ということだと思う。

しかし「僕は東大教授としての給料があったから出版翻訳ができた」と公言されている柴田先生。だからこそ翻訳を「遊びだ」と仰っているわけであって、「下訳使うなんて・・・」という言葉のウラ側には、「下訳も正当なサービスなのだ。安易に安く買いたたくな」という、山岡さんと同じ思想が流れていると僕は思っています。

 

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