金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

機械翻訳できる文章はつまらない(2021年11月)

(以下引用)
いい加減な言葉は人類に発達をもたらした。
(引用ここまで)
坪内稔典「半歩遅れの読書術 ― 言葉はなかなか伝わらない……いい加減さの先に広がる共感」2019年11月2日付日本経済新聞読書欄)

* いい加減な、多義的な、曖昧な文章ほど面白い、とおっしゃっている。この文章の前の段落で、「いい加減さがたっぷりとある社会、それは創造性に富む豊かな社会だ」とも。味わい深い文章だ

さて、このエッセイの主要テーマはとりあえず横に置き、この言葉は、機械翻訳がこれからどう進んで行くだろうと考えていく(我々翻訳者は身構えていく?)上で示唆的だなと思った。

「いい加減でない」とは「誤解の余地が少ない」ということだ。つまり定義の厳密な用語がたくさんあり、文法構造が複雑だが例外は少ない、ということになる。僕の知っている範囲で言えば取扱説明書、案内文、政府広報、契約書、法律文書、財務諸表、四半期報告などだろうか。

「いい加減でない文章」は「味気ない文章」と言い換えることもできる。政府広報を読んで感動する必要などはない。そういう文書は、速く正確であることが期待される役割だ。だから、機械にやってもらう時代が早く来た方が世のため人のためではなかろうか。