金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

文芸翻訳の難しさ

今この瞬間に僕が訳している経済(市場)レポートについて、僕は歴史的背景も世界情勢もちゃんと分かって、その中の一部としてこの文章も表現も捉えられている。

したがって文章を読めばそこで言いたいことをほぼ正確に分かるし、かつ表現の機微も読みとった上で、原文の形を忘れて訳すことができる。自分なりに読者が読みやすいように、誤解を生じないように(日本語表現の)工夫もできる。

表現の型もわかっている。読者(多くは金融のプロ、または一般の個人投資家)が普段読む新聞や雑誌、そしてテレビニュース(テレビ東京の「モーニングサテライト」で使われている用語が一つの基準)を読んだり見たりするのと比べて違和感ない表現を目指すわけだ。

そしれそれをある程度できる自信が僕にはある。しかも余裕をもって。

ところが文芸ではそれができん。どうしても文章の形に囚われてしまう。
頼るものが他にないからだ。金子先生(研究社 青山ブックセンター翻訳教室)の言葉を借りれば読書量が圧倒的に少ないからなのだろう。

今朝も翻訳ストレッチで3月28日の翻訳教室上級編の復習(講義ノート)を見直してつくづくそう思った。

前から言ったり書いたりしてきたことだけど、今朝改めてそれを認識した。この感覚を忘れないために、自分のためにこれを書いておく。