金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

金融翻訳者になるための方法&スキルアップ法(『通訳・翻訳ジャーナル』2016年8月号用原稿)

(以下は、『通訳・翻訳ジャーナル』Autumn 2016用に私が提出した原稿である。その後編集部の校閲・私のゲラ修正を経ているので、実際に掲載された記事はこれとは若干異なります)。

1. 金融翻訳とは?
(1)ますます高まる金融翻訳へのニーズ
英国の国民投票(6月23日)で、欧州連合EU)離脱派が勝利を収めたニュースで世界中の株式市場が一時的に大暴落に見舞われたように、今や大きなニュースが瞬時に世界中に広まり、各国の金融市場が連鎖的に影響を及ぼし合うことが日常的になりました。世界中の中央政府中央銀行も緊密に連絡を取り合い、必要に応じて協調行動を取らないと対応できない時代が到来したのです。

そうした中、世界の共通言語としての英語の重要性はますます高まっています。現在もなお世界中の金融市場に最も大きな影響力を持っている米国政府や連邦準備理事会(FRB)の声明文はもちろんのこと、世界中の人々がFinancial Times、Wall Street Journal、そしてNew York Times といった英語媒体から目を離せない時代です。日本人投資家の目からすると、情報の取得という点で英語を読み書き話す能力がますます求められることは言うまでもありませんが、日本人が日本語を使い続ける限り、英語を日本語に正確かつタイムリーに訳す「英和翻訳」の需要が衰えることはないと断言できるでしょう

一方先日(7月15日)のLINEのように、今後は日本企業の日米同時上場や複数国上場が増えていくでしょうし、今年3月末における日本の上場企業の外国人持ち株比率が全体の約3割に達していることからも明らかなように、開示資料は当然として、英語による各種資料の作成が当たり前の時代になっています。この点に限っても、金融法人に限らず日本法人の数だけ「和英翻訳」のニーズが増えることはあっても減ることはないと考えて差し支えありません。

私たちのマーケットは膨大にあり、しかも確実に拡大しているのです。

(2)金融翻訳の対象範囲
「金融」と一口に言っても対象範囲は幅広いのですが、大まかに言うと①投資家向けのマクロ経済/業界/市場/ファンド運用レポート(各国政府や中央銀行が発表する声明文なども含む)、②アニュアルレポート、四半期報告書、各種プレスリリース、CSRなどのIR関連資料、③目論見書などの各種開示資料、④起債やファンドに関する契約書(事業会社と金融機関、金融機関と投資家間の契約書類です)や政府への届け出文書、⑤各種社内文書などに分類できるでしょう。

(3)発注者はだれか?
上で紹介しましたように、大本の発注者(ソースクライアント)は、①が主に銀行、証券、資産運用会社(投資信託会社やヘッジファンド)、②、③、④は上場企業、監査法人、法律事務所など、⑤は上記のあらゆる法人が考えられます。ただし、ソースクライアントの多くは、短納期で、大量の翻訳を発注することが多いので、どうしても多くの翻訳者を抱えた翻訳会社に発注し、翻訳会社が各翻訳者に翻訳を依頼するケースが多いのです。結果として翻訳者の直接の顧客はソースクライアントよりも、翻訳会社である場合が圧倒的に多いと思います。ソースクライアントと直接契約している翻訳者はそれほど多くないようです。

2. フリーランスの金融翻訳者になるには

パート1・金融翻訳に関心のある志望者向け

(1)モデルケース
本稿ではまず
1. 経済、金融、会計の知識はほとんどない文学部出身。
2. 英語力は英検2級程度。
3.入社10年ぐらいまでの若手社員

をモデルケースとして話を進め、その後に学生向けと、ある程度貯蓄も実力もある中高年の皆さん向けのアドバイスを書きます。重複する部分は省きますので、適当に割り引いて(割り増して)お読みください。


出発点に立つ前にしなければならないこと
どこの組織にも属さず、個人の金融翻訳者として、自分の翻訳料収入だけで生活していける翻訳者(そういう翻訳者を本稿では「フリーランスの金融翻訳者」と称することにします)を目指すのであれば、皆さんは翻訳学校等に通う前にしなければならないことが2つあります。

1. 英語検定1級
2. 証券アナリスト1次レベル

の2つに合格することです(あるいはこの2つの資格試験と同等レベルの英語力と経済・金融に関する基礎知識を身につけることです。以下はこの意味で「試験に合格する」と表記します)。この2つに受からずに金融翻訳者としての独立準備をしても意味がないとお考えください。

英検2級レベルではお話にならない
まず、英語力について。翻訳学校や翻訳雑誌(本誌もそうですね)等を読むと、「英検2級ぐらいの力があれば十分に目指せます」などの甘い誘い文句を見かけることがありますが、それはまやかしです。

よく考えてみてください。皆さんの将来のお客様は、(翻訳会社を経由していたとしても、最終的には)金融の専門知識を備えた金融部門の専門家、上場法人の財務担当者、会計士、または弁護士なのです。留学や海外トレーニー、駐在員を経験した人も少なくありません。そういう人たちに対して、たかが日本の高卒レベルの英語力しかない人間が翻訳学校で数カ月翻訳の基礎を学んだくらいで太刀打ちできるはずがないではありませんか。英検1級に合格しなければ出発点にすら立てない。この点をまずしっかりと肝に銘じてください。
(日本英語検定協会のホームページ:http://www.eiken.or.jp/

証券アナリスト1次レベル合格を目指す
日本証券アナリスト協会のホームページによると、証券アナリストとは「証券投資の分野において、高度の専門知識と分析技術を応用し、各種情報の分析と投資価値の評価を行い、投資助言や投資管理サービスを提供するプロフェッショナルです」とあります。銀行や証券会社の社員であれば担当部門にかかわらず、また企業の財務部門に配属された人であれば、若いうちに取得することを勧められる重要な資格です。皆様の将来のお客様も、名刺交換をすれば「証券アナリスト(CMA)」と書いてある人にお目にかかることも珍しくないはずです。

金融翻訳者を目指すにあたって最低限合格する必要があるのは、そのうちの1次レベル試験です。試験科目は、①証券分析とポートフォリオ・マネジメント、②財務分析、③経済の3科目です。金融翻訳の範囲は広いのですが、どの分野を将来専門にするにせよ、証券分析、財務、経済は身につけておくべき基盤です。ただし3科目1度に合格する必要はありません。合格率は大体50%ですから、皆さんが仕事の合間や週末に、本気になって真面目に勉強すれば、2、3年でどなたでも受かるはずです。逆に受からなければ、少なくとも金融翻訳者には向いていないと結論づけてください。
日本証券アナリスト協会のホームページ:https://www.saa.or.jp/

下地づくりに何年かかるのか?
あなたがもし、英検2級程度の英語力で会社勤めをしておられるのであれば、会社から帰宅後の1~2時間、そして週末2日のうち少なくとも1日をすべて勉強に費やして上の2つに合格するまでに3~4年はかかる、とお考えください。それまでは会社を辞めてはいけません。翻訳学校を探し、翻訳のノウハウを学ぶのは試験に合格した後だ、ということをお忘れなく。

英検1級とアナリスト試験に受かるためのノウハウ
金融翻訳者の下地づくりの重要性をお分かりいただければ、下地をつくるためのノウハウ提供は本稿の目的ではありません。英検1級にせよ、アナリスト試験にせよ、書店に行けばいくらでも参考書や問題集があります(特に英検)。どうぞご自分で調べて、勉強してください。そして結果を出し、3~5年後にスタート台に立ってください。

知識の下地をつくりながら「お金」の準備
さて、知識とともに考えるべきは「お金」です。働いている配偶者や親など、経済的に依存できる家族が身近にいない場合には、最低でも3年、できれば5年ぐらいは「無収入で生活できる」だけのお金をためましょう。もちろんあなたは、金融翻訳者として独立しよう!と決意したからには、独立を考えていなかった時よりも生活をずっと切り詰めるはずです。仕事をしながら英検とアナリスト試験合格に受かるまでには最低でも3年はかかるでしょうから、その間は無駄な出費を一切止め、飲み会や遊びを全部断れば結構貯金はできるでしょう。また「3年間生活できるだけの収入」もこれまでの延長で考えるのではなく、「収入が会社員時代の7掛けでやっていく」と決意すれば、今の年収をベースにして2年程度もためれば3年ぐらいは生活できるでしょう。

かなりおおざっぱに言えば、今の貯金がゼロでも、これから会社以外のすべての時間を勉強に費やしつつ収入の3割を貯金に回して6年頑張れば、これまでの給与ベースで約2年分、つまり「7掛けの収入で3年分」の貯金がたまって、その頃には2つの試験にも受かっているはずです。

さて、ここまでをお読みになって以上を読んで、「え~大変だ。俺には無理だ!!!」と思ったあなた、お疲れさまでした。あなたにはフリーランスの金融翻訳者を目指す資格がない。他の道を探しましょう。

「よ~し、やるぞ!!」と思ったあなた、有望です。金融翻訳者の下地作りを始めてください。

(2)あなたが学生だったら?
時間はたっぷりあるのですから、在学中に英語検定1級と証券アナリスト1次レベルの試験に合格するためにすべての時間と努力を注ぎ込みましょう。証券アナリスト試験に積み残しができたら、就職後に取ればよいと思います。その時のアドバイスは上のモデルケースを参考にしてください。

独立を考える前に、どこかの会社に入るために就活をしましょう。会社生活を送ることの意味は3つあります。
① 社会人としての常識と実務経験を積むためです。実務翻訳とは「仕事で使われる文書」の翻訳です。文芸翻訳ならいざしらず、何らかの形で社会人として仕事をした経験がなくていきなり実務翻訳は無理です。独立した後の新規顧客開拓のことを考えると営業職がベスト。英語を使える部署であればそれに越したことはありません。業種は金融機関をお薦めします。翻訳会社に勤めるのも悪くないかも。
② 「貯金」です。これはこれ以上説明しません。ここまでの文章から敷衍(ふえん)して考えてください。
③ 自分が本当にフリーランスの金融翻訳者として本当にやりたいのか?をじっくり考える時間が必要だと思います。人は時間がたつとともに考え方や感じ方、決意の内容も変わっていくものですが、やはり学生時代の決意と、社会人になってからの決意は大きく違うと思います。社会にもまれながら、自分には本当に適性があるのかを、自分の物差しで考える時間はどうしても必要だと思います。

(3)あなたが英語力に自信のある中高年社員だったら?
30代後半~50代前半。配偶者あり。小学生~高校生のお子さま2人の4人家族。会社で海外関連の仕事の経験もあり、英語を生かして独立したい。というケースを考えます(要するに、14年前の私です)。

まず英語の実力と金融知識、貯金の額についてのご自分の立ち位置をモデルケースで自己判断してください。会社勤めを20年近くもしてくれば、3~5年分ぐらいの貯蓄はあるかもしれません。早期退職制度に応募すれば一気に入るかもしれませんね。つまりお金の問題は片付いている、という前提で考えます(片付いていない?論外です)。アナリスト試験については、実務経験もおありでしょうから、自分が得意な分野については「受かったこと」にしましょう。

中高年の皆さんにとって大事なことを2つアドバイスさせていただきます。

① 撤退時期を決めておく
家族を持ったままいつまでも夢を追い続けるわけにはいきません。「〇〇年やってモノにならなかったら止める」と決めて出発しましょう。「モノになるか、ならないか」の基準は簡単です。数年(あなたの決めた撤退時期)たっても、あなたの稼ぐ翻訳料と配偶者の方のお給料の合計で、家族4人が貯金を取り崩さずに生活できるかどうか、です。

ではその期間はどれくらいか?自分の(サラリーマンとしての)市場価値との見合いなので一概には言えませんが、私の経験で言えば、仕事を辞めて1年程度であれば、何かのつてで前の仕事に戻れる可能性があると思います。拾ってくれる先輩もいるかもしれません。しかし3年たったら相手にされないと考えましょう。退職後1~2年でけりをつけると考え、自分の勉強の進捗状況もにらみながら、会社の辞め時を考えてください。翻訳学校は在職中に行く方が安全だと思います。

あとはモデルケースに従ってください。条件1と2は学生さんや若手社員よりもずっと早くクリアできると思います。

② 似非(えせ)プライドを捨てる
40代でフリーランスになった世代の方々が乗り越えなければならない大きな壁、それは「なぜこれだけの社会経験のある自分が無視をされたり、こんな手ひどい扱いを受けたりしなければならないのか?」というプライドです。社会人としてそれ以前にどれだけの実績があっても、金融翻訳者としてはド新人なのですから、相手にされないのは当たり前なのです。にもかかわらず「なんで俺が・・・」と思ってしまう。私はこれを「似非(えせ)プライド」と呼んでいます。前垂れ精神で、全くの新人として自分よりも10~20歳年下の人に頭を下げる。これができなければ仕事は取れません。頭で理解していることと、実際に感じる体験は別なので最初はショックを受けるかもしれませんが、そこを乗り越える姿勢こそが「本当のプライド」を持った人間であると考え、踏ん張って前を進んでください。

(4)金融翻訳者になるには、金融機関での勤務経験は必要か?
私自身が証券会社の出身なので、無責任に「勤務経験がなくてもなれますよ」とは言えません。ただ、私が今手がけているのはファンドの運用報告書やマクロ経済展望といったアナリストの書いた文書が中心ですが、証券会社時代にそういう分野(運用や証券分析、アナリスト)で仕事をしていたわけではなく、金融翻訳を始めてから覚えたことの方が多いと思います。その意味では金融実務の経験がなくても勉強すれば金融翻訳をできるようになる、と言えるかもしれません。知識レベルで言えば、証券アナリスト1次レベルに合格していれば十分通じると思います。実際、私の尊敬するある翻訳者の方は、文学部出身で金融機関にお勤めの経験がゼロであるにもかかわらず金融のプロフェッショナルでもとうていなしえないような高レベルの仕事をされています。

(5)下地ができてから、翻訳会社に行く
一定期間(半年程度)、翻訳学校に行くことをお薦めします。理由は知識の習得よりも、むしろ①プロの先生と直接対面で学べるためモチベーションを保ちやすい、②同じクラスの仲間と切磋琢磨できる、③翻訳業界の最新情報を得られやすい、④仕事を紹介してもらえる。翻訳学校と提携している翻訳会社からの仕事がもらいやすい、の4つです。文芸翻訳ではないので、必ずしも訳文を添削してもらう必要はないかも。


パート2・経験5年未満の金融翻訳者へのアドバイス
(1)初心に帰る
もしあなたが、パート1の条件をクリアしていなければ、条件をクリアすべく今すぐ勉強を始めてください。あなたの名刺には「金融翻訳者」と書いてあるかもしれない。しかし条件1,2程度のことがクリアできない翻訳者は、遠からず「名刺倒れ」になります。ふと気がつくと、だれでもできそうな、最も単価の安い、雑多な翻訳を任されているという事態になりかねません。金融翻訳者として独り立ちするには、分野によってはソースクライアントや翻訳会社に「教えてあげられる」レベルに達する必要があります。また、とりわけアナリストレポートでは「書き手の理解や記憶が間違っている」なんてことがしょっちゅうあります。その手のミスをきちんと指摘し、「本文はこうでなければオカシイ」と指摘して、正しい英文を想定した上で正しい日本語のレポートを提出できて、初めて金融機関のお客様から一目置かれる存在になるとお考えください。科目に優劣をつけるとすれば、幅広い金融の中でも、ご自分が伸ばしていきたいと思う科目に近い1科目の取得をまず目指しましょう。

(2)独立後のスキルアップ
英検1級を持ち、かつ証券アナリスト試験1次レベルに合格して独立した後のスキルアップは大きく分けて2つあると思います。それは金融分野を中心にしつつも、広く翻訳力(英語を読む力と日本語を書く力)をつけることと、金融の最新知識を学び続けることです。ここではマクロ経済分析を出発点とする各種レポートを訳している私の場合を引き合いに「独立後のスキルアップ法」をご紹介します。

① 優れた金融翻訳書の原文/訳文比較
金融翻訳の知識を学びつつ翻訳の勉強もしたい皆さんにぜひお薦めしたいのが、ノンフィクション翻訳家の村井章子さんが訳されている一連の訳書のうち、『国家は破綻する――金融危機の800年』カーメン・M ラインハート、ケネス・S ロゴフ著と『脱線FRB』ジョン・B・テイラー 著(いずれも日経BP社)の原著と訳本を一文一文、英語と日本語を音読したり、書き写したりしながら比較する作業です。前者はマクロ経済レポートで頻出の表現がふんだんに出てきますし、後者を勉強することでデリバティブ関連の金融知識と翻訳知識がしっかり身につくと思います。村井さんは金融機関のお勤め経験がないはずですが、金融分野では格段に優れた翻訳家だと思いますので、ぜひ彼女の美しい日本語もまねするようにしてみてください。

② 「翻訳筋トレ」で日頃の仕事の歪みをなくす
ポイントは毎日、仕事前に上の作業を行うことです。運動選手でも本格的なトレーニングを始める前にストレッチや筋トレをしますよね。金融翻訳者も同じです。したがって私は仕事前の基礎訓練を「翻訳筋トレ」と名付け、短いけれども(1セット5分)たくさんのメニューを毎日10分~1時間(平均30分程度)必ず行っています。翻訳者として独立して5年未満のみなさまであれば、例えば次のようなラインアップはいかがでしょう?

(i)『使える金融英語100 のフレーズ』柴田真一著(東洋経済新報社)英→日、日→英の丸暗記:5分程度
(ii)『国家は破綻する――金融危機の800年』カーメン・M ラインハート、ケネス・S ロゴフ著、村井章子訳(日経BP)原書と訳書を1段落ずつ音頭して比較:10分

以上で15分です。仕事前のウオーミングアップなのであまり肩肘張らず、ただし毎日続けることを重視してください。慣れてきたら自分の弱い部分と思う分野を中心に、仕事を通じてゆがんでいる自分を直すというスタンスで項目を増やしていくとよいと思います。

参考までに今の私(独立して14年目)は次のようなラインアップです。
◎『国家は破綻する――金融危機の800年』カーメン・M ラインハート、ケネス・S ロゴフ著、村井章子訳(日経BP)原書と訳書を1段落ずつ音読して比較:5分
◎『誤訳の構造』中原道喜著(聖文新社)学習5分
〇『英語冠詞大講座』猪浦道夫(DHC)または『24週日本語文法ツアー』益岡隆志(くろしお出版)または『ここがヘンだよ日本語練習帳』*(夏目書房)学習5分
『浮き世の画家』カズオ・イシグロの原書のみ音読 5分
『父の詫び状』向田邦子(文春文庫)または『スローカーブを、もう一球』山際淳司(角川文庫)音読5分
TOEICテスト公式問題集』5分
このうち◎は必ず、〇はほぼ毎日、それ以外は締め切りの具合を見ながら時々行っています。最も短い時で10分(◎)、長いと全部やるので1時間ぐらい、平均すると毎朝30分取り組んでいます(*なお『ここがヘンだよ日本語練習帳』は残念ながら絶版です(2016年7月19日現在))。

③ メディアによる最新情報/知識の獲得
日本経済新聞
まず一面の「春秋」。句点と係助詞の「は」、格助詞の「が」に赤丸をつけながら音読します(これは日本語感覚を身につける訓練)。その後は「後ろから」読んでいきます。「私の履歴書」、「小説」から、社会面、スポーツ面をざっと眺めて「経済教室」、マーケット総合面の「大機小機」相場解説、「スクランブル」を熟読し、投資情報面、企業面、国際面、総合面、一面をざっと眺めて興味のある記事のみ読みます。約20分かかります。

モーニングサテライト
金融機関の営業日の朝5時45分~6時40分にテレビ東京系列で放映している「モーニングサテライト」は、金融機関の朝の打ち合わせに匹敵する情報と知識の宝庫であり、金融翻訳者であれば録画してでも毎日見る価値があります。特徴は以下の通りです。
(i)ライブ感:NYの引け時間(日本の5時45分=NY15(16)時45分)近くから放送が始まるので、NY市場の生の情報と日本市場への影響が分かります(東京とニューヨークの二元生中継です)。
(ii)一流専門家の深い分析:各社のディーラー、チーフ・アナリストや大学教授レベルの専門家が東京、ニューヨーク、電話を通じて3~5名が日替わり出演し、マクロ経済、アメリカ株、為替、日本株、債券についてかなり突っ込んだ解説をしてくれます。
(iii) 主要記事解説:毎日、日経新聞のトップ記事の解説の後、「注目記事」として13面ぐらいまでの中から計5つぐらいを取り上げています。さらにニューヨークからウォールストリート・ジャーナルフィナンシャル・タイムズニューヨークタイムズを中心に注目記事を3~4つ紹介してくれます。
(iv) 最新の「言葉のレベル」がわかる:金融に関する最新の用語を、どのレベルで表現すればよいかがよく分かります。新語解説、最新ビジネス書トレンドのコーナーまで至れり尽くせりの内容です。
(v)タダである:これだけ高度かつ情報量の豊富な番組が無料なのです。

以上のように私の場合は、日経新聞を後ろから読んで知識を深め、モーニングサテライトで日経新聞を前から追いながら最新情報(と使える言葉)を獲得しています。
(モーニングサテライトのホームページ:http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/

3 「好きを仕事にする」とは? ― 覚悟と意欲と適性を確認する
(1)「好きを仕事にする」ことの意味
例えば私は、昨年1年間(2015年)のうち「1日中翻訳を一切しなかった」日は10日(1月1日~3日と12月31日の4日プラス6日)程度であり、2002年に独立して以来14年間、ずっとこの生活を続けてきました。

フリーランスの翻訳者として、自分一人の収入だけで家族4人を養う、ということはそういうことだ、と理解しています。そしてそのことを精神的につらいと思ったことは一度もありません(体力的にシンドかったことは何度もあります)。

なぜでしょうか?それは、実に幸福なことに、私は自分が好きで好きで仕方がないことを仕事にし、それで生活できているからです。人間関係に一切わずらわされることなく、「毎日が日曜日」の気分で好きな英語を読み、翻訳してお金をもらえる。フリーランスですから金を稼がなければいけないのは当然なのですが、夢中になって訳し続けていたら休んでいない自分に気がついた、というわけです。

「好き」を仕事にするということは、サラリーマン時代には仕事が終わった後に、あるいは仕事のない土日に趣味でやっていたことを中心にして金を稼ぐと言うことです。休みにしていたことを仕事にするのだから、必然的に普通の勤め人の方のような「休み」はかなり減るはずだ、ということをよく認識なさってください。

(2)翻訳者としての「適性」について
フリーの翻訳者には性格的な「向き」「不向き」があると思います。「朝から晩までだれとも会わず、1週間~10日ぐらい寝る、食べる、食事、トイレ、風呂以外はずっと翻訳をしていても平気である」と言い切れるかどうか。最近はSNSの交流会等が多いので状況が変わってきていますが、5年ほど前までは、翻訳者の会合では「家族以外と話すのは2週間ぶり」「そもそも人と会うのが10日ぶり」という会話が普通でした。基本はそういう世界だとお考えいただいて間違いないと思います。

(3)最後に、向き、不向きの判定法
ここまでお読みになってやる気がみなぎっているあなたに、「向き」「不向き」「覚悟」を試す最後のテストです。

① 準備期の見極め法
簡単です。下地づくりに何年かかるのか?でご紹介した生活を3~4年、楽しく続けられれば適性あり。なければなしです。


② 独立後の見極め法
1年365日、浮世の義理以外のすべてに翻訳の勉強や金融知識の習得、翻訳作業を優先させる生活を送ってみてください。1日10時間、1週間で60時間を基準に54週です。まずそれができるかどうかを試してみる。できなかったらその時点で就活を始めましょう。ではそれができたとして、「つらいけど何とかやり遂げた」?これもアウト。そのうち心身ともに疲弊するはず。その生活を「あ~楽しかった!」と言えれば金融翻訳者に向いています。

頑張って!

*上記以外の参考書は拙著『金融翻訳の基礎と応用』(講談社)のp240~241をご覧ください。

金融・証券(『JTFほんやく検定 公式問題集』に寄稿) - 金融翻訳者の日記