金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

結果オーライ?(誠実だったがやや稚拙だったセールストークの事例)(2016年6月)

先方は当初、私にやる気がないと思ったのではないか。

「私、W社のMと申します。守秘義務契約本日届きました。ありがとうございます」

W社はリーマンショック後の上昇相場に乗り切れなかった不幸なヘッジファンドの閉鎖で3年ほど前に取引がなくなった金融機関だ。当時は1カ月売上高の2割をこの会社が占めていたので結構痛かった覚えがある。3日程前に電話があり、一昨日バイク便で契約書が送られてきて、夕方に「届いたか?」の電話が来た先。当然Brexit関連のレポート翻訳だと思う・・・ここまでは読み通りだったのだが。

「鈴木さんのレポート翻訳、大変社内で評判がよく・・・・」そりゃどーもどーも。「・・・実は私は法務部でございまして、お願いしたいのは某国政府に提出する社内規定でして」

「へ・・・(と思わず私は言ってしまったと思う)?・・・ということは和英;;;ですね?」
「はい、その通りです。何とかお願いできないでしょうか?」

こっちが当然英和で身構えていたので一瞬ひるんだことは認めよう。そこでつい、こう言ってしまった。

「実は私は英和の翻訳者でして・・・、私自身は和英は行っていないのですよ」「あ、そうなんですか」とちょっとガッカリな感じの声。

ここで我に返って、「立て直せ!」という自分の声に気付く。

「・・・でも実は、海外投資家向けに資料をおつくりになりたい上場企業とか金融機関様がいらっしゃいまして、年に何度かお受けしております・・・ま、裏メニューみたいなものでして」
「なるほど」
「質には絶対の自信があるのです。日本語のわかる米国人、英国人の翻訳者に訳していただき、私がお客様との間に立ち、英和翻訳者としてできあがった英文をチェックし調整を図りますので(’ちょっと調子に乗ってきた)・・・ちなみに、その資料はいつまでに英訳が必要ですか?」
「なるべく早くなんですが・・・」
「ありゃ、それはまずいかも・・・」(ありゃ、口に出しちゃった)
「なぜです?」
「まず関係者が翻訳者と私ですから、二人のスケジュールが合うかどうかを確認する必要があります」(当たり前のことなんだけど)
「さらに」
「え?」
「コストが想定されているよりも、結構かかるかもしれません」(言わずもがなのことを・・・何でこんなこと言っちまうんだ、馬鹿!)
「私が訳すのではなく、何しろ二人が絡んでいまして・・・」
「そうですよね~」
「もちろん質には絶対の自信があって、海外投資家向け資料として立派な内容のものをつくっている自負はございます」(全然リカバリーできていない!)

ここだけ聞いていると、「おまえ仕事いらないの?」と突っ込みたくなるような話しぶりである。正直は正直なんだが、だいたい↑こんなこと言う必要ないんだけどね。複数の人間が絡む、とか翻訳会社だったら当たり前なんだから。コストが高い安いを判断するのは先方なんだから。つい、相手はこういうことを気にするだろうなあ、というのを先回りして説明しちゃう駄目な僕。

要するに私の今の和英のお客様は付き合いが長いので、いちいちこの説明をする必要がなかったのだ。和英の新規、しかも向こうから突然降ってた電話なので、こっちに心の準備がなかったのだ。

まじで、セールストークって使わないと鈍る。

・・・なーんて話を続けた後で、「とりあえず資料を見せて下さい」ということになる。ただしこの話の過程で「なるべく早く・・・」というのも、実は1カ月以上先だったことも判明。向こうも不安だったんだ。

まずいセールストークだったなあと半ば後悔しつつ、翻訳をお願いしようと思っているネイティブ翻訳者の方に連絡。オーケーの返事をもらい、今度はセールストークの不備を補うべく、相手方にわかりやすいように、丁寧に翻訳の流れから納期、担当翻訳者のバックグラウンド、見積金額までを丁寧に書いて送る。

会議中の先方から電話とメールがあって、結局受注しました。
「ご説明よくわかりました。お申し越しの条件で何とぞよろしくお願いします」

ここまで1時間半。冷や汗ものでした。

和英(日本語→英語)翻訳に対する基本スタンス - 金融翻訳者の日記