金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「品質管理」は慎重に

先日、品質管理について書き込みをした際、お友だちのお一人から、「品質管理」として受けた案件で、翻訳者の専門用語や内容理解に問題があって事実上やり直し(翻訳し直し)になるケースはあるか、その場合(条件面などで)翻訳会社に対してどう対応するか、というご質問をいただいた。それに対する私の回答(一部)を以下に引用する。

(私の回答:ここから)
対応方法は「時間による」ということです。もちろん、どの程度の校正をするのかは与えられた時間を見て「ちゃんとやる」か「ケアレスミスのみ」にするかは私のお客様である翻訳会社に伝えます。翻訳が全然だめな場合はその旨も伝え、時間をかけて訳し直すかどうか?も尋ねます。ただしそのポイントは、

その基準を自分で決めるのではなく、お客様との合意の上で行う、ということです。

さらに校正が終わったら、お客様からの要請があってもなくてもその翻訳者に対する私なりの感想、または評価的なコメントを付けるようにしています。
(私の回答:ここまで)

(簡単な補足説明)
私は、ここ半年ほどある翻訳会社からほとんど品質管理だけを1~2ヶ月に1度請け負っている。某金融会社の出している顧客向けレポート。同社の規定で、だいたい原文1000ワードあたり1.2時間で計算した想定時間が与えられる。時間給は何回かの交渉の末、ソースクライアントで翻訳した場合の7掛けぐらいなのでまあよしとしている(翻訳料金の単価は2分の1以下)。

私の肌感覚で言えば、「1000ワードあたり1.2時間」というのは、「経験のある翻訳者が、経験のある慣れた文書について翻訳して、1回見直してレイアウトを整えて提出した」訳文、つまり最後の評価部分で私が「大変素晴らしい翻訳だったと思います。とはいえ人間ですからミスや勘違いもあります。そうした点について直しました」というコメントを書くような翻訳に当てはまる。

したがって品質管理の打診を受けるときの私の最初の質問は

「翻訳者は誰か?」

ということになる。もっと具体的に言えば、

「翻訳者はこの手の文書を以前に訳したことがあるか?」

これに対して「Mr.スズキが以前も校正したことのある翻訳者だ。問題ない」というのがここ半年ほど続いている案件なので、ほぼ上の等式(1000ワードあたり1.2時間)が当てはまる。

そうじゃないこともある。翻訳会社は発注時に「この翻訳者は未経験だ」とはまず言わない。「経験はあるはずだ」「金融翻訳の経験はある、とレジュメには書いてある」なーんて答えだったら眉唾ものである。

10分ぐらいみたところで先方に連絡する。「レベルがあまりに低い。少なくとも金融文書を訳した人間とは思えない。恐らく徹底的にやったらバジェットの3倍はかかると思う。もちろん、与えられた時間(1000ワードあたり1.2時間)でやってもかまわないが、このレベルだと助詞の誤りを直すだけで終わると思うけどそれでよいか? それを決めるのは貴社だ」とメールを送る。

締め切りまでに時間がある場合には「時間がかかってもかまわないから徹底的にやってくれ」という答えがくる場合もあるし、「時間がないので予算内で最大限の努力をしてくれ」と言われることもある。後者の場合は、なるべく自分がやる業務範囲(ジョブディスクリプション)を挙げ(例えば、専門用語のチェックのみ、とか言い回しも含めてみる、とか、全部訳し直す、等々)、「では、こういう仕事を、だいたいこういう時間内で仕上げるがよいか?」と相手に同意を求め、それから仕事に取りかかる(仕事をしながらのやりとりもある)。

私の回答にもあるように、ここで重要なことは、

「自分で品質管理の内容を決めない」

ということだと思う。もちろん、やってみなければわからないこともある。翻訳会社の担当がわからないこともある(たいてい読んでいない)。そもそも翻訳者の見えている翻訳会社はほとんどない(私の経験では、過去14年で先方から面談したいと言ってきた翻訳会社は数社。うちわざわざ私の地元まで会いに来てくれた会社はわずか1社である=10年以上付き合っている先日飲んだ会社)。したがって以上述べたことは、あくまでもできる範囲で、ということだ。

なお、私の回答にも書いたように、私は必ず翻訳会社向け、または翻訳者向けのコメントを書く。「御社のために警告する。この翻訳者を雇ったのは間違いだ」「経験のある翻訳者だと思うが、残念ながらこの手の文書の翻訳経験がないようなので、次回以降は別のジャンルを任せた方が良い」「この品質管理をさせてもらって本当にうれしい。勉強になりました。翻訳者の方に『ありがとう』と伝えてほしい」と書くこともある。その上で私の修正した変更履歴を翻訳者に返すようにお願いしている。

「品質管理をお願いします」「はい、わかりました」と相手の条件をそのまま飲むのは極力さけた方が良いと思います。

(後記)

この手の仕事依頼は今でもあります。いや、この3年以上私はある大きなプロジェクトの編集長的な役割で複数(4~5名)の翻訳者の訳された文章の品質管理を続けています。こちらは翻訳者の力量もわかっている(というか、私が声をかけて集まってもらった金融翻訳ベテラン揃い)なので、安心して仕事ができますが、人間のやることですから理解不足や勘違いもあります。それを修正して翻訳者の皆様に私の案として提示し、必要があれば再修正したいただきます。この仕事の場合、その上で1万ワードぐらいの複数の記事の文体や用語を合わせるので、1時間あたり300~400ワードと上の1時間あたり1,200ワードよりはかなり遅いペースになります。スケジュール等で人でが足りない時は僕自身が訳すこともあります。その時はもちろん、他の翻訳者の方に品質管理をしていただきます。修正された翻訳を見る度に自分の不勉強を痛感しています。

このプロジェクトとは別に半年ほど前、「鈴木さん、品質管理をお願いします」と依頼を受けたのはヒドかった。一読して金融翻訳未経験者でした。すぐにお客様に連絡してその旨を伝え、時間単価と見積もりを出して了承いただき、事実上すべて訳し直しました(2021年3月26日記)。