金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

村井章子さんの講演会(2016年3月19日)に参加して

村井さんが元々座談というかお話の上手な方というのは存じ上げていたが、あっという間に1時間30分が終わった気がした。お話の内容は極めてまっとうだった。

・翻訳とは、深い読書(一語一句のすべてを理解する)に基づいて、その内容を日本語で書く作業。
・「翻訳って、翻訳者による解釈の押しつけではないか」と批反する人がいる。その通りだ。
・ただし、その本に対しては、その時点では世の中で最も深く理解した者による解釈が翻訳。この点で翻訳者は演奏家と同じだが、版権の問題があってある一時期は1翻訳者の訳しか出回らないのが音楽との違い・・・その意味で翻訳者にはある一定期間は原作の代弁者としての責任がある。

と総論を述べ「ノンフィクションとフィクションの違いはあるでしょうが・・・」とお断りになった上で、ノンフィクション翻訳に対する村井さんの基本スタンスを話されました。

・経済本のように、そもそもの内容が比較的難しいものを、難しいままで訳す、つまりよくよくよくよくよ~く読まないとわからない原文を、よくよくよくよくよ~く読んで初めてわかるように訳すことが正しいとは思わない(昔の偉い先生方の翻訳にはそのようなものが多い)。
・自分が原文を理解した後は、そこで説明されている事柄について、読者の思考を妨げないような書き方で、できれば一読してわかるように日本語の文章を書くのが(少なくともノンフィクション)翻訳者の役割だと考えている。
・読者の皆さんには楽しい気持ちで、内容に引き込まれるように、心地よく読んでほしい。
・その点から「翻訳は英文法よりも文脈」「翻訳者が『この言葉の意味は・・・主語はどれで・・・目的語は、・・・文型は;・・・』」と考え始めたらその時点で問題と思った方がよい。
・フィクションとは異なり、ノンフィクションの場合には動かしがたい事実がある。
その後、村井さんが実際に訳された書籍の原文と訳文を比較しながら翻訳上工夫した点についてお話いただいたのはとても刺激的でした。『理系の作文技術』は絶対おすすめですよ、とも。

実はいくつか締め切りを抱えていて、正直直前まで出るかどうかをかなり迷っていたのだが、行って本当によかった。心から感動しました。

「同化翻訳」と「異化翻訳」 - 金融翻訳者の日記