金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

伝えたいことは何か?-英訳案件をめぐっての小さな事件

先週金曜日に上場企業某社広報部からメールがあり、「当社のポスターに掲載するメッセージを作ったので英訳してほしい」との依頼を受ける。用途は英語のポスターに使うとのこと。締め切りは昨日。文字数90字。

昨日朝納品したところ、昼頃に「社内からこういう意見が出ました。コメントをいただきたい」とのメッセージ。見ると、明らかにネイティブスピーカーと思われる人間の手書きによる赤字の添削がほぼ半分に施されている。一目で逐語訳だとわかる。たとえて言えばあまり英語の得意でない日本人の英語にネイティブ・チェックがかかったような英語である。

ただしこれはあくまでも僕の印象。すぐ翻訳を担当したネイティブ翻訳者に連絡。僕の第一印象を述べた上で「僕はあなた(ネイティブ担当者)の文章を全面的に支持しているので好きなことを書いてほしい。英語でかまわない。それを私がお客様に説明する」ただし「お客さんと喧嘩するつもりはないので、もしお客様のコメントに汲める点があれば修正してほしい。なければ修正なしでかまわない」と伝えて先方の修正案にコメントをもらう。

30分後にネイティブ担当者から先方の修正案の問題点を細かく指摘したメモと、最後に「・・・したがって原文のまま(修正なし)でお願いします」とのメールが届く。腹は決まった。

以下はそのメモを基に某ソースクライアントに昨日送ったメールである(細かい内容部分は削除)。

(以下引用)
○○様

ご意見ありがとうございます。頂戴しましたご意見についてネイティブ担当者と検討しました上での私どもの見解は次の通りです。

まず、そもそも立脚点として、今回の英訳のご発注は
① 日本語の文章を基に、そこで言っている表面的な一言一句の意味は何かを社内的に理解するためのいわゆる「英作文」なのか、それとも
② 日本語の文章を基に、貴社が外の世界に対してメッセージを発したいのか?

という点について見解を申し上げます。

私どもとしては当然②だと理解いたしました。その上で、納品時にもお知らせしましたように日本語からくみ取れるメッセ-ジを

(省略)

と理解し、これをネイティブの目からみてビビッドに伝わる、洗練された表現としてご提案させていただいたわけであります。

以上の観点からすると、頂戴したコメントに対する私どもの意見は、総論としては、日本語の直訳として表面的な意味は伝わる(すなわち①の役割はある程度果たしている)けれども、②としては厳しいのではないか、と思います。

次に気の付いた点につきコメントさせいただきます。

(省略:ネイティブ担当者のメモを基に、10数カ所にわたり先方ネイティブ社員の「英訳」のどこが、なぜ悪いのかを指摘)

・・・以上申し上げましたように、日本語原文から読み取れるメッセージを最大限読み取り、それをスムーズにかつインパクトのある英語にし、しかも貴社のバリューを損なわないという点から、ご提案させていただいた英文の方が、はるかに適切であると判断いたします。

おそらくこのような文章を作成する場合は次の2ステップを取られていると思います。

(1) コンセプトを固める。
(2) 言葉にする。

今回私どもは(2)を貴社から示されて英語に訳してくれ、とのご発注を受け、私どもは(2)から(1)を推論して英語の文章を作ったわけですが、よりよい方法としてはできあがった(2)の日本語を英語に訳せと発注するのではなく、(1)を示して、これに合う英語を作ってくれと発注した方がスムーズな英語ができあがるのだろうと思います。

以上でございます。

ご不明な点、ご質問等ございます場合にはどうぞいつでもご連絡くださいませ。

(引用終わり)

(その後の顛末)

上の意見書(案)をまずネイティブ担当者に送り、何か考えのずれている点等はないか?と意見を聞く。1点だけ修正案をもらいそれを反映させて客先にメールした。

10分後ぐらいに顧客に電話。この手の「英訳」を英訳と考えないほうが良いこと。本来であればコンセプト作りから英語担当者を参加させた方がよく、コンセプトが固まってから日本語担当者と英語担当者(日本語のわかるネイティブが妥当)が別々に「言葉づくり」をし、最後にすり合わせをした方がよいことを説明(ちなみに同社は上場企業で、外国人持株比率もけっこう高い)と説明する。電話を切って数分後に当方の「英訳」をそのまま担当することになったとのメールを受ける

なお、本件の料金はミニマムチャージ1万円に特急料金(そもそも1週間ほしいと言ったところ先方が何とか月曜日にならないかと言ってきたので)として計2万円(消費税別)とした。ネイティブ担当者が1万円、私が1万円で分ける配分である(ネイティブ担当者は翻訳料金の半分が自分の取り分であることを知っている)。

なお余談だが、私の意見書案の中でネイティブ担当者から指摘されて私がその通りだ、と思って修正した箇所は次の点である。

(修正前)いわゆる高校生的な「英作文」なのか
(修正後)いわゆる「英作文」なのか

ネイティブ担当者のメモ(以下引用)

「高校生的な英作文」と記しても、相手方は、大丈夫でしょうか?
理解していただけるようなご関係でしたら、問題ありません。

(引用終わり)
こっちの方が熱くなっていた次第(恥)。

(後記)

これは、僕が飜訳会社的な役割を演じた仕事で遭遇した例。今でもこのスタンス。これは6年前のことだが、私自身は今でも「飜訳会社的」、つまり翻訳者の皆様に仕事をお願いする仕事をしており、このスタンスを守っているつもり(そもそも和英では翻訳者の方に対しては発注側になります)。
お客様から言われたメッセージをそのままスルーして翻訳者にただ投げるだけの飜訳会社が今でも多いなと思います(2021年4月21日記)。