金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

初めての『ダブルブッキング(?)』(2014年1月)

2週間ほど前の昼間、某社(ソースクライアント)(以下「A社」という。)から仕事が入る。ある経済圏に関するマクロ経済レポートだった。納品期限は3日後。かなりタイトなスケジュールだったが喜んで受ける。

その3時間後、某翻訳会社(以下「B社」という。)から品質管理の仕事の依頼。翌日午前中に納品だという。原文は1500ワードほど。「品質管理なら翻訳のレベルによっては受けられるかも。分野は?」「〇〇圏に関するマクロ経済レポートです」。おお、午前中に翻訳を引き受けた分野と重なる。「了解しました」。

夕方まで別の仕事をして、夕食後にB社のファイルを受けて愕然とする。

A社と全く同じファイルだったのだ。「全く同じファイルのほぼ同時注文」は初めてである。

すぐB社に連絡。「この仕事は受けられません」。うろたえるB社の担当者。「な、なぜ・・・・でしょうか?」「いや・・・実は・・・」守秘義務が頭をもたげたが「実は社名は言えないが、某社からこのファイルの翻訳を頼まれています」「え~????ち、ちなみにどの部分ですか?」「1ページから4ページ」「あ、ウチが依頼したのは5ページから8ページですよ。重なってないじゃないですか」「あーそうだ・・・」(頭の中で相当迷った上で)「わかりました。お受けします。・・・僕が前半を訳すので用語の統一等はご心配なく」で電話を切る。

すぐにA社に電話。この会社は以前、私の提出した翻訳にわざわざ電話をくれ「感動しました」と言ってくれた会社である。「いや実は困ったことがありまして・・・」とB社の社名は出さずに後半部分の品質管理を頼まれている旨を報告する。「あ~B社さんですよね」当然A社のご担当者は知っている。だってソースクライアントなんだから。「・・・ちょっと試しに使ってみようということになったんですよ。そうですか、鈴木さんが品質管理・・・。じゃあ後半も安心だ。よろしくお願いしますね」。

というわけで、私はある1本のマクロ経済レポートの前半を自分で訳してA社に納品し、後半を7割ぐらい直してB社に納品した。なおB社向けの翻訳で気がついた点、私の感じた原文の問題点についてA社の担当者に報告した。

一昨日A社担当者から電話。「明日B社の担当者と会うんですが、実は前半は鈴木さんが翻訳した事実と、後半は鈴木さんが品質管理をしたことを我々が知っていることを話しちゃってよいですかね?」

一晩考えてこう答えた。

「貴社には後半の品質管理を私がしたこと、B社さんには前半を私が訳したことを受注時点でお話ししました。それはお話しした方が結局良い物ができると信じたからです。ただし貴社にもB社にも互いに別の会社がどこか?とは申し上げませんでした。

「貴社は後半を私が品質管理をしたことをご存知で、B社は前半を私が訳したことを知っている。そして貴社は私に品質管理を依頼した会社がB社であることをご存知だった。当然です。大元なのですから。こうした文脈の中で、貴社が、私が品質管理を担当したことを(たとえB社から知らされなくても)知らないことの方が不自然だと思います。どうぞお話しください」

昨日の朝A社から電話。結局、具体的な中身の話は出なかったが「最初の仕事は大変よくできました」とは伝えたとのことでした。

過去12年で初めての不思議な経験だった。