金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「体罰について」(桜宮高校バスケットボール部体罰事件を知って)(2013年1月)

小学5年の時の担任はK大学体操部出身のバリバリの先生で、僕は1日に1回は叩かれる(おでこの所を張られる)か、足の太ももの所を蹴られるか、竹刀でで叩かれてた。

札幌オリンピックの開会式の日のことは忘れられない。僕は朝の掃除の時間に友人のNとふざけていて先生の逆鱗に触れ、「ケツの穴しめろ~」と言われて竹刀で太ももを叩かれた挙げ句、黒板の下に正座を命じられた。

朝から3時間めぐらい、つまり開会式が始まるまでずっとだ。当時の黒板はチョークを使っていたので頭の上にはチョークがどんどん落ちるが先生はかまわず授業を続けた。

当時は教壇の横にテレビが置いてあった。で、札幌オリンピックの開会式がはじまったので、Nと僕は先生から「もう席に戻って良い」と言われたのだが、足が痺れてしまって立てず、友人達の肩を借りて席についたのだ。

こんなことは日常茶飯事だった。

でも、そういうY先生のことを当時の保護者たちはとても好意的に見ていた。私の親も「言うことを効かなかったらどしどし殴ってくれ」と言っていた。

僕もY先生のことが大好きだった。先生は必ずフォローしてくれたからだ。だから先生の「愛情」は感じていた。そういった意味ではあの「体罰」は良い思い出だ。

人間的にもとっても素晴らしい先生で結婚式にも来ていただいた。スピーチの時にY先生(当時は中学校で教頭をしていた)「若気の至りで、今の教育現場では決して許されないしごきをタツヤにしたものです」が笑い話になったぐらい。良い思い出として。

そういう時代だったんだ。僕も過度な体罰はともかくある程度は必要だと思っていた。体罰を受ける側も肯定していたんだ。

では、今振り返って、「愛情があったから」叩いても蹴っ飛ばしてもよかったのか?と冷静に考えると、もっと他のやり方があったはずだと思う。

やっぱりあの指導方法は間違っていた。Y先生はそのことを他の先生よりも早くわかったことは知っていた。

小学校から自ら希望して中学の教師になってしばらくしたとき小学生の登校姿をみて、「あ~俺はあんな小さい子どもたちを殴っていたのか」と愕然とした、と言っていたから。

多くの熱血教師と私たち保護者(体罰は家庭内にもあり得る)にとって、今回の事件がいったんみずからが正しいと信じていたやり方を否定して始めるよいきっかけとなれば、と思います。